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立ち読み  
編集後記  第56巻9号 2008年9月
 

▼人と人の関係がますます希薄化し、携帯やインターネットが主要な意思伝達の手段になりつつある今日、人の気持ちを理解し共感し、配慮する力は十分に育っているのだろうか。そうした力を育む場は、どこにあるのだろうか。
▼愛着研究では、乳幼児期の愛着の安定性が、その後の社会的コンピテンス(対処能力)を予想できることが分かっている。すなわち、主要な養育者(母親)との間に安定型の愛着パターンを持っていた人は、不安定型の人よりも、対人対処能力や社会的コミュニケーション能力(EQともいえる)が高い。さらに、安定型の母親の子どもは安定型になりやすい。
▼ もしそうだとすると、安定型の愛着パターンはどのようにして母親から子どもへと伝達されるのか(世代間伝達)。その媒介要因は、親の感受性の高い応答性である。実際、子どもの心身の状態を敏感に感じ取り適切に応答する能力が、子どもの愛着の安定性を高める上で重要なのだ。さらに注目されている要因が母親の内省機能だ。母親自身の状態(気持ち、情動、状況など)への気づきだけでなく、乳幼児を一人の心を持った存在と見なし、その意図や欲求に気配りし注意を向ける能力である(mind-mindedness)。そして子どもの気持ちや欲求を言葉にして返してやることだ。
▼例えば、子どもがほほえんでいると母親は「どうしたの、うれしいの、よかったね」という言葉かけをする。むずかっていると「機嫌が悪いんだねえ、おなかすいたの、おっぱいあげようね」といった会話をする。母親は子どもの気持ちを察し、共感し、表現し、受容し、望むことをしてやる。子どもは、発達する過程で、このようなやりとりを何千回も繰り返し経験する中で、自分の中に起こる異なった感情や欲求に気づき識別し、それを正しく表現できるようになる。
▼まさにここに、他者を理解し共感し、配慮しようとする基本的な姿勢が作り出される場がある。まず自分の中に感じていることが、親に受容され適切な応答がされることで、より正確に映し出される。これがおそらく気持ちを理解してもらい共感してもらい、自分の存在や気持ちに配慮してもらうという体験の原型となる。そしてそれが今度は、他者を理解し共感し配慮することの基礎になるのではなかろうか。一方、不安定型の母親は、子どもへの感受性の高い応答ができない。ある親は自分の欲求や感情を優先し、子どもの愛着行動にあまり応答しない。またある親は応答に一貫性がない。こちらの子どもには、十分に理解されたり共感されたり、配慮をされたという体験が少ないだろう。
▼ コミュニケーション能力は、確かにスキルとして訓練できる側面もある。だが相手の気持ちを理解し共感し適切に配慮をするという姿勢やその「呼吸」は、家庭での何気ない日々の親子の会話ややりとりの中でしか学べないものがある。今一度、家庭の日々の親子や家族の会話ややりとりの意義やあり方を問い直してみる必要があるだろう。

(加藤和生)
 
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