特集にあたって2025年7・8月
放課後が映し出す子どもたちの育ち
池田 浩
二〇二五年六月、少子化を巡る衝撃的な報道がありました。二〇二四年の日本人の出生数は六八万六、〇六一人で、統計開始以来初めて七〇万人を割りました。わずか二年前に八〇万人を下回ったばかりであり、少子化は加速度的に進んでいます。こうした時代に育つ子どもたちは、どのように日々を過ごし、成長していくのでしょうか。
学校では、原則として全ての子どもが共通のカリキュラムに基づいた教育を受けています。しかし、放課後の時間は子どもによって多様といえます。筆者の小学生時代である一九八〇年代では、公園や空き地で子ども同士が集い、日が暮れるまで遊ぶのが日常でした。しかし、共働き家庭の増加や遊び場の減少に伴って、次第に学童保育の利用が広まり、今日では多くの小学校に併設されています。
一方で、子どもの放課後の過ごし方は、保護者にとっても大きな関心事とも言えます。仕事で帰宅が遅くなる親にとって学童保育は重要な預かり先ですが、一方で放課後を学びの機会にしようと、曜日ごとに習い事を組み合わせるケースも見聞きします。学童保育への不安から、習い事に置き換える家庭もあるようです。こうした状況は、放課後の時間が「自由に過ごす」場から、「予定で埋められた」時間へと変化している現実を映しているようです。とはいえ、放課後は子どもにとって学校外で過ごす貴重な時間です。だからこそ、子どもの成長を支える視点から、学童保育や習い事のあり方を多面的に捉え直す必要があります。本特集はその視座を提示するものです。
総論では、増山氏は、子どもの放課後の現状と問題を整理しながら、子どもの放課後を「自由世界」と捉え、学童保育が子どもたちが求める自由世界を実現するための手がかりを論じています。鈴木氏は、学童保育が子どもたちにとって「居場所」となるための要件について独自の視点から切り込んでいます。
各論では、清水氏は子どもが安心して過ごせる放課後の「居場所」の重要性を実践を通じて論じるなかで、それを地域の大人が担っていくことの必要性を説いています。桜井氏は、「安全」という視点から「放課後」のあり方を論じています。そして、〝安全化〞がかえって子どもの自由や多様な体験を奪っていないかという問題提起を行っています。
油川氏は、習い事が子どもの非認知能力や自己制御力を育み、問題行動の抑制に寄与することを、国内外の研究や自身の調査から示しています。ただし、過度な習い事は逆効果にもなり得るため、「何をやるか」よりも「どのようにやるか」に重きを置いた支援が必要だと論じています。住野氏は、学童保育が市場化し、それに伴って多様化が生まれた現状を説明し、それは子どもの学びと育ちに選択肢をもたらしているものの、一方で経済的な問題から放課後格差を生んでいると説いています。最後に相澤氏は、知的障害児の放課後等デイサービスの発展と課題を整理し、今後の支援の質と体制の整備の必要性を論じています。
本特集を通じて、子どもを育てる親、教育や福祉の現場に関わる人々、そして地域社会が、子どもの「放課後」を見直す一助となることを願っています。
執筆者紹介:池田 浩(いけだ・ひろし)
九州大学大学院人間環境学研究院准教授。博士(心理学)。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。専門は社会心理学、産業・組織心理学。福岡大学人文学部講師、准教授を経て現職。著書に『モチベーションに火をつける働き方の心理学』(日本法令、二〇二一年)、『産業と組織の心理学』(編著、サイエンス社、二〇一七年)、ほか。
編集後記2025年7・8月
今号の特集では、子どもたちにとっての習い事の意義、放課後の過ごし方にともなう危険やリスク、そして学童保育の歴史や、学童保育が多様化する現在の状況、学童保育におけるケア・退屈さ・不安定さの重要性、放課後等デイサービスの利用状況や意義、さらに大学生の取り組む子どもの居場所づくりプロジェクトなど、子どもたちの放課後の過ごし方に関わる多様な側面に目を向けてきました。
人間の子どもたちは(他の動物とは違って)身体的・精神的発達に時間がかかり、多くの場合、一定の年齢に至るまでは何らかのケアやサポートが必要な存在です。2020年春からの新型コロナウイルス感染症の大流行期に学校が一斉休校した際、多くの人々がそのことに気づいたように、そうしたケアやサポートを提供している第一の存在は学校です。しかし、学校が終わってから、夕方、家に帰るまでの間、子どもたちは何らかの場所でそれぞれの放課後を過ごし、多くの場合、学校とも家庭とも異なる人間関係の中で、それらとは別の活動に取り組みます。子どもたちの放課後を支える様々な機関は、学校や家庭と並んで大きな役割を担っているのです。
そのように考えると、放課後を子どもたちがどのように過ごすかは、一人ひとりの一生に大きな影響を及ぼしうる、重要なテーマだと言えそうです。それにもかかわらず、重要なテーマであるはずの放課後の過ごし方はこれまであまり詳細に検討されることのないままとなってきました。しかし、本特集の各論考が明らかにしているように、そうした放課後の時間は大きな役割と可能性を持つものでもあります。また、同時にリスクも含んでいます。子どもたちの人生の重要な一部をなす、放課後の過ごし方はどうあるべきか、そして子どもたちにどのような経験を保障していけばよいのか、本特集の各論考を通して考えていただければと願っています。
(鈴木 篤)