教育と医学

子どもの育ちを
教育・心理・医学から探る

特集にあたって2025年5・6月

不登校児童生徒の「学びの保障」に向けて

増田健太郎

 社会の価値観や子どもたちのあり様が多様化してきていることに伴い、現代社会では改めて教育の在り方が問われています。平成二八年に制定された教育機会確保法においては、学校は一人一人が社会で生きる基礎を養い、国家・社会を支えるために必要な基本的な資質を養うことを目的としており、よりよい学校づくりを行うことを目指しています。

 令和五年度の小中学校の不登校児童生徒の人数は一一年連続で増加し、三四万六、四八二人となりました。「学校生活に対してやる気が出ない」が三二・二%と最も多く、次いで「不安・抑うつ」が二三・一%、「生活リズムの不調」が二三%です。不登校はコロナ渦以降、急激に増えたのに加えて、低年齢化が進んでいます。子どもが不登校になると、保護者の心理的・経済的負担が増加します。一方で、令和五年の子どもの自殺者数は小中高生が五二七人と、統計のある一九八〇年以降最多となりました。

 現在、大きな課題の一つは不登校児童生徒の居場所と学びの保障です。不登校児童生徒の約四〇%は学校や教育支援センターなどの専門機関につながっていないといわれています。学ぶ場は、不登校特例校、教育支援センター、校内支援センター、フリースクール、家庭教師等様々です。不登校の子どもたちが特別なカリキュラムで学べる「学びの多様化学校」は全国小中高等を対象に全国で五八校あり、今後も増加する予定です。

 文部科学省は不登校児童生徒の中で、支援を受けられない子どもたちがゼロになることを目標に二〇二三年にCOCOLOプランを策定しました。そのプランは①不登校の児童生徒全ての学びの場を確保し、学びたいと思った時に学べる環境を整える、②心の小さなSOSを見逃さず、「チーム学校」で支援する、③ 学校の風土の「見える化」を通して、学校を「みんなが安心して学べる」場所にすること、の三つが柱になります。学びの多様化学校では、授業のコマ数を減らしたり、少人数にしたりと不登校児童生徒に配慮したカリキュラムになっています。

 不登校児童が学ぶ場所は、先に挙げた以外にも、オンラインを使用したホームスクーリングなど多様化していますが、発達段階も不登校の背景や要因も違った子どもたちを限られた人的・物理的リソースの中で、どのように支援していくのか課題も多くあります。

 不登校児童生徒の統計的な数値の背景には、不登校児童生徒本人の苦しみとともに、それを支える家族の努力と苦しみがあります。子どもが小学校の低学年であれば、保護者は在宅せざるを得なくなり、子どもの不登校に伴って、母親が離職し、経済的負担も大きくなります。不登校特例校やフリースクールなどは自宅から遠方の場合も多く、送迎が必要な場合もあります。政策的・制度的な施策とともに、教師やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、そして、地域の人々の心の支えが必要になってきます。不登校を経験して、自分を捉えなおし、新たな人生を歩んでいる人たちもたくさんいます。

 本特集では、不登校の要因や背景を理解し、不登校児童生徒のニーズに応じた「学びの保障」のためには、何が必要なのかを考えます。

執筆者紹介:増田健太郎(ますだ・けんたろう)

九州大学名誉教授。博士(教育学)。臨床心理士、公認心理師。専門は臨床心理学・教育経営学。九州大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。九州共立大学助教授を経て二〇二四年まで九州大学大学院人間環境学研究院教授。著書に『チーム学校で子どもとコミュニティを支える』(遠見書房、二〇二四年)など。

編集後記2025年5・6月

 本特集号の各論考を拝読して、まず、不登校が決してstain とはならないこと、そして、それだけで「問題行動」とはならず、「子どもたちの学習する権利」を保障しなければないこと、こうした認識について、あらためて社会全体が共有し実現していかなければないものと強く感じました。原稿の中には、特別支援学校について、登校困難の子どもの学びの保障を「当たり前」に進めてきた、との指摘もあり、強く共感した次第です。加えて、公教育の歴史からみた背景、大規模調査に基づく子どもの心理、官民連携とその影響のあり方など、多くの示唆に富む見方が得られました。

 コロナ禍を経て、オンラインが居場所の1 つとなりえる可能性が広がっていること、狭義の「教室」や対面授業に限ることなく、オンライン授業、ホームスクーリング、フリースクール、学びの多様化学校、教育支援センター等による支援の場といったように、こころから安心して学ぶことのできる多様な場が求められていて、それぞれの場の現状と今後の課題や方向性について、理解を深めることができました。子どもたちにとって、これらの多様な場が用意されて、また、自由に行き来もできるような、柔らかな発達環境が重要になってくるものとも思いました。

 私が所属する学会において大切にされている考え方として、上野一彦先生の言葉で「私たちの教え方で学べない子には、その子の学び方で教えよう」というものがあります。一人ひとりの学び方には多様性があって、また、そのような多様性に深い理解を示していくことが大事にされています。ともに学ぶ場をつくる私たちのあり方が、いま、大きく問われているものと思います。多様な子どもへのサポートの選択肢が大きく広がりを見せる中で、子どもたちの思いに寄り添いつつ、一人ひとりにとって最も適した学びのかたちを、あたたかく、丁寧に汲みとっていくことが、ますます求められているものと感じています。

(伊藤崇達)