特集にあたって2024年9・10月
子ど もの健やかな育ちと学びを支えるアセスメント
古賀聡
今回の特集では、心理検査や発達検査の紹介や解説だけでなく、それらのアセスメントツールを教育や医療、発達支援の現場でどのように活用するか、子どもの心理や発達をどう見立て、支援につなげるのかについて考えたいと思います。
我が国の教育や発達支援においては、支援ニーズがある子どもやその家族が抱えている様々な「困り感」を理解するための方法の確立が課題となっています。社会生活における適応行動に関する尺度開発やそれらのアセスメントにもとづく教育的支援や発達支援の充実が大きな課題でしょう。
心の健康支援においては、生涯発達の観点や発達段階に応じた見立てが必要となりますが、例えば、乳幼児における発達支援の現場においてはベテランの保健師や保育士の経験知に頼る側面が大きかったように思えます。また、特別支援教育を含む学校教育の現場においても、様々な特性や背景をもつ生徒が存在し、対応が求められる教師の困惑が考えられます。育ちや学びにおける困難を抱えた子どもたちへの有効かつ現実的な支援の実践に、アセスメントツールの活用は重要です。また、多様な専門性を有する支援者の共通理解や連携に役立つツールの開発やそれらのツールを活かした実践も試みられています。
教育や発達支援の領域では、子どもたちの知的水準ばかりが注目されやすいことが指摘されています。今回、黒田先生には社会的行動、適応行動を把握することの重要性、知的水準と日常生活における適応行動を比較的に理解することの重要性について解説していただきます。岩永先生には、他者からはなかなか理解されにくい子どもの感覚特性や日常生活の困り感に大きく影響すると思われる協調運動をどのように把握するのかについて解説していただきます。市山先生と小児科の先生方には、本邦における代表的な発達検査である遠城寺式乳幼児分析的発達検査を取り上げ、他の発達検査と比較しながら、その有用性と実施上の留意点について解説していただきます。岡田先生には、様々なアセスメントツールをご紹介いただきながら子どものたちの認知面の発達と社会的スキルの関連について論じていただきます。特に評定者の観点や子どもとの関係性を十分に考慮し、複数の情報提供者や評定者の理解の不一致に臨床的な意味を見出すというご提案が深く心に残りました。松田先生には、教育現場においても大きなテーマとなっている外国にルーツをもつ子どもたちの発達をどう理解すべきかについて論じていただきます。複数の言語や文化のなかで育ってきた子どもたちの認知面の理解においては、支援者や教育者の他文化に対する理解や想像が求められるのだと学びました。最後に、隈元先生からはアセスメントの結果を保護者、そして本人とどのように共有し、困りごとの解決にどう活かしていくかについて論じていただきます。
子どもたちの「困り感」に対しては、子どもの個人要因のみで理解せず、教室、家庭、その他、様々な場面等の環境要因や教師、支援者、家族、同級生など様々な関係性を含めて理解しようとする態度が必要です。専門的観点からのアセスメントの結果を、子どもたちの学校生活や日常生活のリアルにどのように落とし込めるのかを考え、子どものたちの自己肯定感や強みを支え、子育てに向き合う保護者の気持ちに配慮したアセスメントのあり方を考える特集となりました。
執筆者紹介:古賀聡(こが・さとし)
九州大学大学院人間環境学研究院准教授。博士(心理学)。九州大学大学院人間環境学研究科博士後期課程単位取得後退学。専門は臨床心理学。医療法人十全会おおりん病院臨床心理士を経て現職。著書に、『臨床動作法の実践を学ぶ』(共著、新曜社、二〇一九年)、「中年期・高齢期のひとへの健康動作法」(『ふぇにっくす』第75号、二〇一七年)ほか。
編集後記2024年9・10月
幼い子どもが、離れていたお母さんの手にある玩具を指さしながら「それ、貸して〜」と駆け出し、お母さんのもとに辿りつくと、子どもは笑顔でお母さんと玩具とに交互に視線を向けながら手を差し出す──日常生活の中でもよく見られるありふれたシーンですが、この子どもの言動には実にたくさんの発達現象が含まれています。読者の皆様の中にも、この文章から“この子どもには○○や△△をおこなう力があるようだ”等と思わず発達の評価をなさった方がいらっしゃるかもしれません。ただ、難しいのは、現実的には次々と別の行動をとっていく子どもをみながら、様々な項目のチェックをおこない、子どもの発達の全体像をいかに把握するか、ということではないでしょうか。
研究の進展に伴って新たに得られた知見等を反映しながら、様々なアセスメントツールが開発されてきました。これらのツールは、子どもを見立てる観点を教えてくれるだけではなく、定められた項目の結果を総合することで対象児の特徴・状況について一定の情報を示してくれます。非常に便利ではありますが、どのようなケースにおいてどのアセスメントツールを使うのが有効なのか、得られた「結果」をどう解釈すべきか等々、実際の使用においては難しさも残ります。
言うまでもなく、アセスメントはそれを受ける子どもを理解するためになされるものですが、アセスメントの結果を活用するにあたっては、その子どもを取り巻く保護者や支援者のことも含めて考えていく必要があります。そう考えると、アセスメントは実施して終わりというわけではなく、実施してから始まるものともいえるのかもしれません。今回の特集では、様々な領域のアセスメントツールを取り上げています。子どもの心と育ちを理解し、子どもに合った支援につなげていくためにアセスメントはどうあるべきか、読者の皆様と一緒に考える機会としたいと思います
(實藤和佳子)