教育と医学

子どもの育ちを
教育・心理・医学から探る

特集にあたって2023年1・2月

子どもを中心にした子ども家庭支援の実現のために

小澤永治

 「子どもには権利があり、子どもは権利の主体である」。このように書くと、ごく当たり前のことのようにも感じられますが、我が国においては長らく見過ごされてきた考え方でもあります。

 国連の子どもの権利条約が日本で批准されたのは一九九四年ですが、国内法の整備は遅れ、一般にも子どもの権利について広く知られることが少ない期間が続きました。子ども家庭支援の領域で、子どもの権利について見直す大きなきっかけになった契機は、二〇一六年の改正児童福祉法の成立であったと思われます。子どもへの支援の多くを定めた法律である、児童福祉法の理念が大きく見直され、子どもの権利条約の精神に則り、子どもが権利の主体であることが明記されました。それまでは、あくまで保護される対象としてのみ捉えられていた子どもが、固有の権利をもつ存在として位置づけられたことは大きな変化であったと言えます。

 「教育と医学」誌では、二〇二二年七・八月号にて「子どもの権利と人権教育」と題された特集を行いました。そこでは、我が国における子どもの権利について、改めて捉え直すための論考が行われています。特集から学ぶ中で、子どもの権利について着目されることは増えてきましたが、実際の教育や支援の場で実現していくためには、多層的に検討すべき多くの課題があることにも気付かされました。

 そして、折しも当該号の発行とほぼ同時期の二〇二二年六月に、改正児童福祉法とこども基本法が国会で成立しました。特に、子どもの権利に関する基本法の成立は従来から求められていたことであり、子どもを中心にした総合的な支援へと繋がる、我が国の子ども施策の大きな転機となることが期待されています。これらの法律の改正・成立に至るまでの経緯や概要については、本特集の冒頭二つの総論において詳しく解説されていますので、ぜひ目を通して頂ければと思います。

 歴史を振り返ってみると、国連の子どもの権利条約の概念の中核になったのは、小児科医で児童文学者でもあったヤヌシュ・コルチャックの実践に基づく理念であるとされています。コルチャックが運営する子どもの施設では、子どもたちの自治による「子どもの議会」「子どもの裁判」「子どもの法典」といった活動や、問題を起こした子どもに対する、子どもたち自身による相互支援の取り組みが行われていたといいます。コルチャックが活動した一〇〇年前のポーランドと比べて、我が国の子どもの保護や支援に関する制度は大きく進んでいると言えるでしょうが、子どもや子どもの権利を捉える観点はどうでしょうか。我が国の社会的養護の場で、特にこれまで取りあげられることが少なかった、子どもが「意見を表明する権利」や「尊重される権利」を保障し、子どもの声を代弁する役割として、子どもアドボカシーの活動が導入されるようになりました。しかし、「アドボさん」等と呼ばれる子どもアドボケイトが参入し始めたのは、ここ数年のことであり、まだまだ現場にも「子どもの権利」や「アドボカシー」といった言葉に対して、戸惑いを抱いている支援者も多いように感じられます。

 こども基本法や改正児童福祉法の成立を受けて、さまざまな制度や組織の改革が行われ、包括的な支援体制の強化が行われることになります。新たな子ども・家庭への支援の展開が見込まれるこのタイミングは、新たな制度や用語について学び理解をしていく機会ですが、子どもを権利の主体として捉え、子どもを中心にした支援とはどのようなものか、子どもに関わる全ての大人が改めて考え直す重要な機会とも言えるのではないでしょうか。

執筆者紹介:小澤永治(おざわ・えいじ)

九州大学大学院人間環境学研究院准教授。専門は臨床心理学。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程単位取得退学。鹿児島大学大学院臨床心理学研究科講師、同准教授を経て現職。著書に「自閉症スペクトラム障害をもつ児童養護施設入所児童への多面的アプローチ」(『心理臨床学研究』三二巻五号、二〇一四)など。

編集後記2023年1・2月

 2022年の師走を迎えようとする時期に、静岡県のある保育園で1歳児の複数の園児たちに虐待行為を繰り返したとして3名の保育士が逮捕されるという驚くべきニュースが報道されました。虐待行為とされる内容は、無抵抗の子どもに対して信じがたい行為の数々です。1歳児といえば、まだ喃語や2、3の単語を話す程度ですが、それでも園児たちは3名の保育士の顔を見ると「嫌だ」と訴え、保護者に保育園に行きたくないと声を発していたそうです。十分に会話ができないながらも、園児たちなりに必死に気持ちを伝えようとしていたことを思うと、同じ子どもを持つ親として胸が張り裂けそうになります。

 さらに、保育園では、8 月頃に虐待行為を認識しながらも、他の保育士にそれについて外に口外しないよう誓約書を求めていたことが判明しました。本来、保育園を始め、園児の保育に携わる保育士は、子どもたちを守ることはもちろん、子どもの健やかな成長と発達に寄り添うことが求められます。しかし、今回の保育士や保育園の対応を見ると、子どもを社会の中で育て、支援する仕組みや施策を抜本的に見直していく必要があることに気づかされます。

 本特集「子ども・家庭への支援の新展開と課題──子ども虐待対応を中心に」は、まさに子どもたちを社会で支えていくことを多方面から論じたものです。特に、こども基本法の成立や児童福祉法の改正など、子どもを支えるガイドラインとも言うべき法律のポイントについてタイムリーに、そして丁寧に概説されています。さらに、各論では、家庭への支援や市町村の役割、ショートステイによる支援、親子支援など、子どもの成長を支える保護者が孤立しないように様々な支援が存在することに気づかされます。法律が改正・施行され、そして様々な支援が、それを必要とする子どもと家庭に行き届き、子どもにとってのウェルビーイングが実現することを願うばかりです。

(池田 浩)

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