教育と医学

子どもの育ちを
教育・心理・医学から探る

特集にあたって2022年9・10月

落ち着きのなさのメカニズムとその支援

徳永 豊

 小・中学校等において、特別の支援が必要な子どもに対する理解が広がり、支援の工夫が充実してきました。本誌では「読み書き支援の最前線」として二〇二〇年九・一〇月号に、また「子どもの聞く・話す・計算を支援する」として二〇二一年九・一〇月号に特集を組んでいます。支援が必要な子どもとして、落ち着きがない、じっとしていられない、待つのが苦手、約束をよく忘れる、うっかりした間違いが多いなどの場合が考えられます。最近は「注意欠如・多動症(ADHD)」の可能性がある子どもと表現されることが多くなりました。脳の機能不全が原因となり、物事に注意を集中させることや行動を抑制することにつまずきや難しさが生じるようです。

 授業で使う教材・道具を忘れずに持ってきたり、取り組んだ宿題を決められた日時までに提出したりすることは、子どもが学校生活を送る上での基本です。また、学校では、授業中に着席して、先生の話に耳を傾け、示された課題に落ち着いて取り組むことや、手を洗うために列に並ぶなどルールを守って行動することも大切になります。

 着席して落ち着いて課題に取り組んだり、順番を待ったりするためには、どのような力が必要なのでしょうか。また、物や約束を忘れなかったり、締め切りに合わせて行動したりするためには、どのような力が必要なのでしょうか。今号では、そのメカニズムについて考えます。

 そのメカニズムのどこかに滞りがあると、自らの行動をコントロールすることができなくなり、子ども自身が困った状況に陥ってしまいます。着席していたい、落ち着いて課題に取り組みたい、忘れ物をしないように、と強く願い、自分なりに工夫してみますが、うまくいきません。この状況は、意のままにならない状況であり、適切な行動を自ら選択できないとも推測されます。このような悪循環の展開が分かっていながら、その悪循環にはまってしまいます。子どもにとっては辛い体験の連続になり、自尊感情が低下して自分に対して安心感が持てなくなります。

 そして、このような子どもが体験する難しさを、子どもの個人因子のみで理解せず、教室環境や家庭環境、大人の関わり方などの環境因子を含めて検討することが広がっています。落ち着きがない状態は、教室環境や担任教師の声のかけ方などで、その状態が悪化したり、改善したりすることも知られています。子どもにとっての教室や担任教師の行動など、その環境の調整を検討することも大事な視点です。

 まずは、落ち着きがない、じっとしていられない、約束をよく忘れる、うっかりした間違いが多いなど、その特異的な難しさや当事者の想いを理解することが第一です。この特集では、それらの難しさとは何か、どのように実態把握を行うのか、について紹介します。このような難しさの実態把握と支援は、学校教育で大きな課題となっています。また、その難しさを踏まえて、家庭においてどのような支援が必要なのかについて考え、取り組むことができる工夫を知る機会になればうれしいところです。

執筆者紹介:徳永 豊(とくなが・ゆたか)

福岡大学人文学部教育・臨床心理学科教授。公認心理師、臨床心理士。専門は特別支援教育、発達臨床。九州大学大学院博士課程退学。国立特別支援教育総合研究所を経て現職。著書に『重度・重複障害児の対人相互交渉における共同注意』(慶應義塾大学出版会、二〇〇九年)、『障害の重い子どもの発達理解ガイド』(編著、同、二〇一九年)、『障害の重い子どもの目標設定ガイド第二版』(編著、同、二〇二一四年)など。

編集後記2022年9・10月

 2021年に、発達障害や特別支援教育を専門とする研究者や実践家が参加する学術団体が主催する全国大会がありました。畏れながら、そこで講演をさせていただく機会があり、本特集に関わるテーマについても少しお話をさせていただきました。私の専門領域は、教育心理学で、子どもの主体的な学びや学習意欲の育成、支援ですが、専門の言葉で表現しますと、自己調整学習やモチベーションに関する研究ということになります。講演の中では、発達障害児・者の自己調整学習に関する研究についてレビューを行ってみると、注意が難しい子や落ち着きのない子を支援の対象にした研究が必ずしも多いとはいえない現状についてお伝えさせていただきました。焦点化された専門の領域においては、そうした現状があるのかもしれませんが、本特集に寄せられた先生方の原稿を拝読し、今後、私たちが歩むべき道筋を照らす希望の光のようなものを感じた次第です。注意が難しい子や落ち着きのない子どもたちの幸せを願う様々な立場の皆さんが、明日からどのような心持ちを抱き、そして、どのように行動に移していけばよいか、たくさんのヒントが散りばめられていると思いました。

 神経心理学や神経認知モデルの見地からは、こころの機序に基づく支援の大切さを感じました。行動分析学、情動発達、学校心理学の視点からは、保護者や教師をはじめとした周りの大人が、どのように子どもを見取り、かかわっていけばよいか、それぞれのご専門から具体的な方法論を示していただきました。そして、「落ち着きのない」とされる子どもの気持ち、子育てに悩み苦闘する親御さんの心情、その切実さについても痛切に感じることができました。モチベーションの理論の中でも指摘されていることですが、成長をめざしている子どもたちの存在やあり方そのものを尊重し認める姿勢が大切であり、出発点になるものとあらためて思いました。

(伊藤崇達)

<< 前の号へ

次の号へ >>