教育と医学

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特集にあたって2021年9・10月

「聞く・話す・計算」の難しさへの気づき

徳永 豊

 小・中学校等において、特別な支援が必要な子どもに対する工夫が充実してきました。特に、読み書きに不自然な難しさがある場合に、学習障害の可能性を検討する取り組みが広がってきています。本誌では「読み書き支援の最前線」として二〇二〇年九・一〇月号で特集をしています。では、読み書きではなく、聞いたり話したり計算したりすることに難しさを示す子どもへの理解はどうでしょうか。脳の機能不全が原因となり、これらにつまずきや難しさが生じる場合もあります。このような難しさの実態把握と支援は、今後の学校教育で大きな課題となることが推測されます。

 友達や家族の話を聞いて理解することや昨日の出来事をまとめて話すこと、比較的に簡単な計算をすることは、多くの子どもにとって小学校低学年で身につける力です。できるようになることが、あまりに当たり前過ぎて、それらのことを可能とする基礎的な力やその仕組みについての研究は十分でなかったと考えられます。聞いて理解する、まとまりのある話をする、簡単な計算をする。これらのことを身につけて使えるようになるには、それを可能とするそれぞれの仕組みの獲得が必要になります。それはどのようなものでしょうか。

 このような仕組みの解明については、聞いたり話したり計算したりすることに特異的な難しさを示す子どもの存在への気づきから、それにチャレンジする研究が広がりをみせていて、その成果が期待されます。そのメカニズムのどこかに滞りがあると、子どもは聞いて理解することや話すことに困難を示し、または計算することの難しさに苦しむことになります。そして、このような実態把握と支援を展開していく上で、重要になるのが「これらの難しさ」への気づきです。

 子どもが示す学習障害の状態に早めに気づき、対応していくことは、子どものよりよい学びにとって重要な課題となります。しかしながら、特に、聞くことや話すこと、計算することにその難しさがある場合に、それが一般的な難しさなのか、特異的な難しさなのかの区別は容易ではありません。子ども自身では「うまくいかない、うまくできない」という体験はあるものの、「自分の工夫が足りない、努力が足りない」と考えるのが一般的です。また、周囲の大人でさえ、「よく聞き直す子ども」や「計算ミスの多い子ども」という理解には至りますが、それが何らかの障害かもしれないと考えることは多くないところです。さらに、教員が、このような難しさや間違いは正常な範囲でないと考えたとしても、それを教員自身 で確かめることは簡単ではありません。

 このような特異的な難しさへの気づきの課題はありますが、子ども自身が聞いたり話したり計算したりすることの難しさを、自分の工夫や努力の足りなさが原因だと誤解して、自らを責め苛み続けることがないようにしなければなりません。このような特異的な難しさの中には、子どもがどのように努力しても容易に乗り越えられないものもあります。

 まずは、聞いたり話したり計算したりすることの特異的な難しさを理解することが第一です。この特集では、それらの難しさとは何か、どのように実態把握を行うのか、について紹介します。また、その難しさを踏まえて、どのような支援が必要なのかについて考え、家庭で取り組むことができる工夫を知る機会とします。

執筆者紹介:徳永 豊(とくなが・ゆたか)

福岡大学人文学部教育・臨床心理学科教授。公認心理師、臨床心理士。専門は特別支援教育、発達臨床。九州大学大学院博士課程退学。国立特別支援教育総合研究所を経て現職。著書に『重度・重複障害児の対人相互交渉における共同注意』(慶應義塾大学出版会、二〇〇九年)、『障害の重い子どもの発達理解ガイド』(編著、同、二〇一九年)、『障害の重い子どもの目標設定ガイド 第二版』(編著、同、二〇二一年)など。

編集後記2021年9・10月

 令和3年1月に中央教育審議会より答申が出され、「令和の日本型学校教育」としてすべての子どもたちの可能性を引き出す「個別最適な学び」と「協働的な学び」の実現が謳われました。先日、学会のシンポジウムでこのテーマが取り上げられ、私も登壇させていただく機会がありました。その折にご一緒したシンポジストのお一人に、ご自身のユニークな実践を紹介された小学校の先生がおられました。

 コロナ禍では、教室でも3密を避けることが求められ、話いあいの機会をもつことが困難となりました。しかしながら、その先生はICTに精通しておられ、次々と新しい試みに挑戦されていました。オンラインによる学習の斬新な可能性に驚かされるところが多々ありましたが、そのお話の中でもとりわけ深く感じ入ったのは、子どもたちにヘッドセットを用意し、Web会議ツールを駆使してグループワークを授業実践の中に取り入れる試みでした。物理的には1つの教室内の各自の机に座りながら、オンライン上のルームに分かれて話しあいを行うのですが、普段ほとんど意見を述べない子どもが進んで話をするようになったそうです。これには、オンラインの特性が関わっていて、同時に複数の人間が声を出すと会話にはならず、一方が話をしている間はもう一方は自然と聞き手に徹する必要があります。その先生は、インクルージョンを念頭にこうした実践をされていて本当に大きな可能性を感じました。

 今号のテーマは、「聞く」「話す」「計算」の支援でしたが、各論考からは、最先端の知見をもとに明日から子どもたちと向きあう力が得られるはずです。新しい生活様式が続くなか、現場の実践においては、ご紹介した先生をはじめ素晴らしい試みが積み重ねられてきていると思います。多様な子どもたちを誰一人取り残さない教育、そして、子どもが主役となって学びが最適となるよう調整できる力を支える実践がますます求められているのではないでしょうか。

(伊藤崇達)

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