教育と医学

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特集にあたって2021年5・6月

障害のある子どもたちの 「強み」を見出し、活かすには

黒木俊秀

 スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんは、自分がアスペルガー症候群であることを誇りに思うと述べています。アスペルガー症候群だからこそ、大人たちに遠慮せずに二酸化炭素削減について思いの丈を訴えることができるというのです。彼女の主張を初めて聞いた時、それまで発達障害者の「弱み」と思っていた特徴――場の空気を読まないことや協調性が低いこと――が、実は彼女にとっては「強み」でもあることに気づかされました。そして、「弱み」や「強み」を周囲の大人たちが勝手に決めつけてきたことにも思い至りました。

 これまで私たちは、心身の発達に遅れや偏りのある子どもたちの問題を、一方的に「弱み」と捉えて、家族をはじめ周囲の人たちにそれを容認するように勧めてきました。「弱み」を軽減するための対策や工夫ばかりに目が向きがちでした。いわば、消極的な障害特性の受容でした。しかし、発想を転換して、「弱み」が実は「強み」にもなる、あるいは、「弱み」の裏に「強み」が隠れていると考えると、子どもたちと家族が新たな希望を見出せるのではないでしょうか。今回の特集では、そうした積極的な障害受容の視点に立って、障害のある子どもたちの「強み」をいかに見出し、活かせるのかについて、考えてみたいと思います。児童精神科医の今村明らは、発達障害を持つ子どもの特性とそこから生じる「困難さ(弱み)」を、まずはしっかりと理解することを強調しています。なぜなら、子どもたちの「困難さ」と「強み」は、「コインの裏表であり、切っても切れないもの」と考えられるからです。そのためには、その子を包括的に理解することが「強み」を活かすことにつながると言います。

 一方、特別支援教育の専門家である阿部利彦は、「いくら保護者や先生がその子には『強 み』があると考えたとしても、その子自身が納得していないのならば、その子は自分の強みを使いこなせない」と指摘します。「自己理解の柱として自分の強みを知ること」と「強みを自己成長感へとつなげる支援が加わること」が大切であり、さらには「発達障害のある・なしに関わらずクラスの子どもたちの強みを活かす教育」への考え方の転換の必要性を述べています。

 親子関係にも「強み」があれば「弱み」もあります。島井哲志らのポジティブ心理学の立場からの親子関係への実践や奥野雅子の解決志向アプローチは、親子関係の「強み」を見出し、活かすヒントを与えてくれるでしょう。

 哲学者の藤田雄飛は、「環世界」や「潜勢力」という概念を用いて、自閉症者と定型発達者がともに生きている世界の有り様をはるか天空から見下ろすような視点を提供し、互いに優しく認めあえる可能性を示唆しています。最後に、発達障害当事者の菊地啓子による苛烈な体験記は、藤田をはじめ今回の特集の執筆者の指摘を裏付けているように思います。「強み」を活かすとは、心を自由にすることと同義であるようです。

執筆者紹介:黒木俊秀(くろき・としひで)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。精神科医、臨床心理士。医学博士。専門は臨床精神医学、臨床心理学。九州大学医学部卒業。著書に『発達障害の疑問に答える』(編著、慶應義塾大学出版会、二〇一五年)など。

編集後記2021年5・6月

 発達支援の現場で、発達の道筋(trajectory)を描くことは、アセスメントの常道である。しかし、そこで支援者に求められる支援の方法や態度はどのようなものだろうか。最新の発達理論やアセスメント技法を活用できれば十分なのだろうか。

 定型発達を基準とする発達的理解は客観的でわかりやすく、支援の見立てで活用されるのは理にかなっている。しかし、定型発達をもとにそのズレを描き出す理解のあり方のみでは、子どもや家族のWell-being を支えることには不十分であると痛感することは多い。他児と比較しての遅れ、そして追いつくことに家族も支援者もこだわってしまい、支援の協力関係さえもギクシャクしてしまう。

 発達の遅れや問題行動ばかりに注目してしまう私たち大人の性がある。今号の特集では、問題として捉えられやすい特性や、それぞれの子どもたちの潜在的な能力を「強みstrength」として捉える視点を論じることを試みた。

 我が子がADHD と診断された母親との面接で、支援や配慮が必要とされる特性についての質問や説明の前に、本号の特集でも紹介されているADHDの子どもたちがもつ「強み」について少し話し合ってみた。当初は硬い表情をしていた母親が、少し安堵したように、しかし、悔しさを滲ませながら「こんなふうに最初から説明されたならば、私たちはあんなに傷つくことはなかった。子育てにも、もっと勇気がもてた」と呟いた言葉が忘れられない。

「強み」を活かす発達支援や、子どもと家族が自分たちの「強み」に着目するための条件がある。それは自己肯定感や自尊感情が守られ、支持されている状況があるということだろう。子ども本人や母親・父親の自己評価に「good enough」の感覚(very good である必要はない)が全くもてない状況で、周囲から「強み」に気持ちを向けるように強引に働きかけられても、それは虚しい言葉になる。安心感、信頼感、そして自己肯定の感覚の醸成への配慮があってこそ、「強み」を活かす支援は実現すると思う。

(古賀 聡)

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