特集にあたって2026年1・2月
子どもの病気に影響を与えるストレス
安元佐和
子どものアレルギー疾患は、その病態究明が進み、様々な新薬や免疫療法が開発され、在宅吸入療法、抗体製剤の自己注射、携帯用吸入器、アナフィラキシー対応のエピペン®などの導入によって家庭や学校での治療も可能となり、その進歩はめざましいものがあります。そのおかげもあり、この数十年の間に小児の気管支喘息の重症例や入院する子どもたちは激減しました。一方で食物アレルギーやアレルギー性鼻炎などは増加の一途で、新生児期からのミルクアレルギーの報告もあります。
以前、筆者が夜間の救急外来を担当していた頃、毎晩のように気管支喘息の発作を起こし入院を繰り返す子どもがいました。点滴や吸入などの処置の間に話をしていると、家族内の不和があり頻回の受診に繋がっていることがわかりました。気管支喘息は、子どもの心理社会的ストレスが発作症状に影響を与える心身症の一面もあります。そのような場合に医療者は、ちょっとプライバシーに踏み込んで、家族背景や学校での困りごとなどを聴き、気管支喘息の治療だけではなく、子どもが抱える心理ストレスを軽減できるよう対応する必要があります。これはアレルギー疾患に限らず、病院を訪れる全ての患者さんに該当する大切なことと言えます。
また、ストレスと病気の関連では、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)とFelltti らの疫学研究(Am J Prev Med 1998; 14:4:245-258)で、被虐待や家族の機能不全などの逆境的小児期の体験は、精神疾患だけでなく、成人期以降の生活習慣病、心臓病、脳卒中、呼吸器疾患、癌などの疾病罹患率の高さや早期死亡などとの関連が報告されています。子どもだけでなく、慢性的なストレスは生体の不可逆的な歪みを生じて、身体疾患の発症と関連することが知られています。そのため、医師を養成する医学教育では、入学するとすぐに「病気を診ずして、病人を診よ」という言葉を学びます。また、医師に必要な資質として、病気の知識だけではなく患者さんの生活面、人生を含め総合的に患者を診る能力の習得が求められています。医学生が習得する基本的臨床手技の医療面接(問診)でも、病気の症状だけでなく、心理社会的状況(ストレスや心配ごと)を必ず聴くように指導します。このことは、学校などの教育現場で様々な課題をもつ子どもたちを理解することにおいても通ずるのではないかと思います。
今回の特集では、アレルギー疾患をもつ子どもとその家族が抱えるストレスと、学校や周囲の人たちがそのことをどのように理解し、支援をする必要があるかに言及しています。病気の知識、医療的ケアの技術の習得だけでなく、アレルギー疾患をもつ子どもと家族の背景をよく理解することがより良い効果的な支援に繋がります。
子どものアレルギー疾患では、エピペン®や携帯の吸入器など、家庭や学校で様々な医療的ケアが実施可能になり、子どもたちの命を守る取り組みも進みました。その一方で、その対応を任される家族や教員などの関係者にも少なからずストレスが生じていると思われます。病気をもつ子どもたちが安心して生活できるためには、保護者と学校、医療機関などの関連機関が一歩踏み出した連携を図り、それぞれが抱える大人のストレスや弱さも共有し、その解決策を共に考えていくことが重要ではないでしょうか。子どもの心身の健康を支えるということが、子どもが将来大人になったときの疾病予防に繋がっていることを知っていただければ幸いです。
執筆者紹介:安元佐和(やすもと・さわ)
福岡大学医学部総合医学研究センター、福岡大学病院小児科教授、医学博士。福岡市児童相談所嘱託医、SOS子どもの村JAPAN理事、絵本専門士。論文に「小児科医であること、母親であること」(『教育と医学』55⑺、二〇〇七年)。
編集後記2026年1・2月
「子どものアレルギー疾患とストレス」の特集にあたり、気管支喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、食物アレルギーとストレス、さらに保護者の支援や学校における適切な対応などについて、7名の先生方にご執筆いただいた。
本特集を通して、子どものアレルギーに対しては、身体的側面のみならず、心理・学校・家庭・社会経済的側面を踏まえた総合的な対応が重要であることが理解できる。
気管支喘息については、ストレス(心理社会的因子)が一旦発症した喘息の自然寛解を妨げ、発作の多発や難治化を招く重要な要因とされている。抗アレルギー薬や吸入ステロイド薬の使用により炎症や発作は抑制されているものの、疾患そのものを根絶することは難しい。また、子どもの約10%では重症化がみられ、貧困等により医療機関の受診が遅れ、診断や治療開始が遅延することが喘息悪化につながりやすいことが指摘されている。
アトピー性皮膚炎については、外見上の問題から引きこもりになることがないよう、早期からの治療介入が重要である。アレルギー性鼻炎では、鼻症状に伴う不快感のみならず、睡眠障害やQOL の低下が精神的ストレスを増幅させ、不安や抑うつの上昇と有意な関連が報告されている。
食物アレルギーは近年増加傾向にあるが、食物アレルギーを持つ子どもは、日常生活で「心配」や「恐怖」を感じることが多いとされる。こうした心理状態は、情緒面の不安定さ、対人関係の不安、さらには学習意欲の低下にもつながる可能性があるため、保育施設や学校現場などでの十分な理解と配慮が欠かせない。
本特集ではさらに、アレルギーを持つ子どもの保護者のストレス、保育施設や学校での支援、学校におけるアレルギー疾患児への適切な対応についても論じられており、保護者や学校関係者のみならず、アレルギー診療に携わる医療関係者にとっても非常に有益な内容となっている。ぜひ多くの方々にお読みいただきたい。
(久保千春)


