巻頭随筆2019年6月
『教育と医学』の「リニューアル」に思う
望田研吾
「教育と医学の会」による月刊誌『教育と医学』は、一九五三年七月の創刊以来今日まで六十六年にわたって、子どもの教育、発達、健康、医療、福祉などの分野における幅広い問題について、教育学、心理学、医学などの第一線の専門家による最新の研究成果に基づく知見や優れた実践に関する情報を、いち早くまたわかりやすく提供することをその使命としてきました。戦後初期のまだ子どもの学びや育ちについての正しい知識や情報が乏しい中、『教育と医学』は早くから「子どもの学びと育ちを教育、心理、医学から探る」という学際的アプローチの必要性を認識し、『教育と医学』の発行を通じて子どもたちの学びと育ちを少しでも望ましいものへと導くための努力をしてきました。
『教育と医学』の大きな特色は、最先端の研究と教師や親をつなぐユニークで貴重な媒体であることです。『教育と医学』創刊号において「教育と医学の会」発起人の一人、平塚益徳九州大学教育学部教授は創刊の辞「われらの主張と願い」の中で、子どもたちのために「真に適切な教育をなしうる方途を探究したい」と念じ、そのためには教育学、医学の研究者による協同研究に加えて「実際教育界に精進する多くの教師方及び各家庭にあって直接に子女の日常生活を保護し指導しつつある世の多くの父兄方のよき協力」が不可欠であると述べています。この言にあるように子どもの学びと育ちが「真に適切な」ものとなるためには、教育学、心理学、医学などの研究者による最新の研究成果が、学びと育ちを実践する親や教師に広く浸透していくことが重要となります。『教育と医学』は学界のみを対象とした学術誌ではなく、研究者にとって親や教師は子どもの学びと育ちを支えるパートナーであると位置づけ、『教育と医学』によってとどけられた最新の研究成果が、人びとの心に強く響き日々の生活や実践の中にそれが活かされることを創刊から今日まで目指してきました。
しかし、昨今『教育と医学』のような月刊誌をとりまく環境は創刊時とは大きく変わり、その変化に『教育と医学』も対応せざるを得なくなりました。そのためこの度、月刊から隔月刊へと移行するとともに、内容面でも「発達障害」「子どもの心の問題」「教育方法、学校・学級経営、教師」という三つのテーマを中心に構成する「リニューアル」に踏み切ることとなりました。今までのような幅広いテーマから、読者の方々の関心が最も強いこの三つに絞ることによって、『教育と医学』が読者の方々にとってさらに近しいものとなれば大変幸いです。現代はインターネット上に不確かな情報が溢れる時代でもあります。その中で学問研究の成果に基づく正しい知識を伝えてきた『教育と医学』の役割は減じるどころかますます重要になっていると思われます。これからも『教育と医学』は現代における子どもの学びと育ちにとって最重要であるこれらのテーマについて、読者の方々に「真に適切な」知識と情報を伝えていきたいと思っています。
よく「継続は力なり」といわれます。六十六年という長い年月にわたって努力を重ねてきたことにはいささかの自負も抱いています。もちろんその力は微々たるものであるかも知れませんが、「リニューアル」後も変わらぬ歩みを続ける『教育と医学』が、これからも人びとの心に深くとどく雑誌として、子どもの学びと育ちを支え、子どもたちの未来を明るくするのに少しでも貢献することを願ってやみません。
執筆者紹介:望田 研吾(もちだ けんご)
九州大学名誉教授。「教育と医学の会」会長。教育学博士。専門は比較教育学。元日本比較教育学会会長、アジア比較教育学会会長。著書に『現代イギリスの中等教育改革の研究』(九州大学出版会、一九九六年)、『21世紀の教育改革と教育交流』(編著、東信堂、二〇一〇年)など。
編集後記2019年6月
- 本誌巻頭随筆において望田会長が述べている通り、『教育と医学』は次号より隔月の刊行となる。折しも平成から令和へ改まった時期とほぼ一致している。平成三〇年間、すなわち一九九〇〜二〇一〇年代を振り返ると、日本のみならず世界的規模で高度な情報化が急速に進化し、情報伝達の基本単位が根本から刷新された時代であった。
- その最大の要因は言うまでもなくインターネットの普及であり、二一世紀に入る頃から、世界のどこにいてもいつでも誰もがかつてないほどの大量の情報にアクセスすることが可能となった。
反面、情報の個別化、断片化、及び並列化が進み、情報の大海の中から有益なものを手繰り寄せるという専門的な工程に重きが置かれなくなった。これは旧来の情報の流通システムのあり方に甚大な影響を及ぼした。 - 事実、一九九六年には二兆六千億円を超えていたわが国の出版市場は、その後の二〇年間に半分程度にまで縮小している。ことに一九七〇年代から常に最新の情報提供を使命としてきた雑誌の売上の落ち込みが著しい。わが『教育と医学』も例外ではない。
- 本誌が創刊されたのはまだ第二次大戦後間もない頃で、人々が情報に飢えている時代であった。当時、「教育と医学の会」を設立した九州大学の教員たちと東京の出版社である慶應通信(現在の慶應義塾大学出版会)を結び付けたのは、印刷用紙の確保であったという話を先輩から聞いたことがある。
情報の媒体である印刷用紙の流通がなお厳しく統制されていた時世である。そんな時代に多くの困難を乗り越えてでも、世の中に伝えたいこと、伝えるべきことが、先人たちにはあったのだろう。
そこには、戦前の国家主義的教育に対する反省があっただろうし、より科学に根拠付けられた教育の実践を希求していたのだろう。
今、はるか昭和から平成を経て、令和へと時は移ろうとも、そうした先人たちの気概に学び、私たちも矜持を正したいと思う。 - 本誌は、次号(令和元年七・八月号)から、子どもの心身の発達をめぐる問題、その心の支援をめぐる問題、そして学校教育のあり方をめぐる問題の三つにテーマを絞って、毎号の特集を企画してゆきたいと考えている。
しかし、インターネット時代に流行のテーマばかりを追う愚を犯すつもりはない。その折々のテーマに通底する問題に常に焦点を合わせてゆきたいと思う。
個々のテーマを超えて、子どもの学びと育ちに最も大切なこと、必要とされることを伝えたい。私たち、「教育と医学の会」の理念を訴えたい。
その意味では本誌の創刊以来の編集方針と何ら変わるところはない。令和の時代の新しい『教育と医学』に、是非、ご期待いただきたい。
(黒木俊秀)