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青年後期や成人期になった人々のしめす適応障害や、行動異常に、本来は幼児期に起こる障害の診断名であるADHDとか、LDとか、アスペルガー症候群などの診断が後追いしてなされることが、最近とみに増えてきた。その各診断の妥当性はともかくとしても、幼児期からあった障害や疾患が未治療のまま放置されていたので、あとで困ったこと(大きくなった人のしめす問題行動)が頻発するようになったと考えざるを得ない事例が増えてきているからであろう。それならば、どうして幼児期からの予防的対策が採られてこなかったかが、問い直されなくてはならないと思う。
もともと児童精神医学や、子どものメンタルヘルスは、いま苦しんでいる子どもへの治療的働きかけを行うとともに、心の発達がスムーズに進んでいない子どもたちの健全育成を図るために、家庭、学校、地域社会と協力して子どもたちの心の成長を見守り、子どもたちが大人になったときに適応障害や精神疾患に陥ることを予防しようとするものである。
その典型例として、セルジュ・レボヴィチイーらが一九六〇年代からパリ13区精神保健センター児童部で行っていた、治療と予防の活動が挙げられる。当時パリ13区の住民は一八万人であったが、それを七区域に分け、各区域に児童医療チームが配置された。チームの構成は、児童精神科医一名、臨床心理士二名、ケースワーカー一名、看護師一名、言語療法士一名である。区域に住む子どもたちの乳幼児健診でリスクをもっていると思われた者、親が発達の様子を心配して相談に来た子ども、地区の保育園や小学校から依頼のあった子どもたちについて、スタッフは連携して熱心に治療を続けた。また家族や幼稚園、学校の先生ともいつも相談し合う態勢を整えていた。そのような治療体験の中で、多職種の専門家の子どもの見方、発達のとらえ方を学び、心の専門家としての実力を身につけていった。レボヴィチイーらのこの大胆な企画は、子どもの心の治療は早期から始められるべきであること、継続的に長期間続けられる必要があること、治療形態はいくつかの専門職種からなるチームで進められるべきことを提唱したものといえよう。
わが国で行われている乳幼児健診、三歳児健診の制度は充実したものであり、担当の保健師の努力で優れた成果を挙げてきた。最近は多くの臨床心理士もコミットして、心の健康についての評価、心の発達の様相についての配慮が行われるようになった。しかし同時に、発達障害をもつ子ども、心の健康が心配な子どもが見つかっても、その子どもを診てくれる児童精神科医がいないことが、痛切に指摘されるようになった。子どもの心の治療は各職種のスタッフからなるチームで行われるべきであるが、その治療の方向づけ、判定、スタッフ間の役割の調整には児童精神科医はどうしても必要である。本特集でも指摘されているが、わが国には医学部に児童精神医学講座のある大学はない。児童精神科医が育たないようになっている。これでは、私が始めに記した障害や病気をもっていた子どもが治療を受けないまま大きくなって、より重篤な病理性をもった大人となり社会的問題を起こすという状況が続くようで、心配である。
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