こころとからだを科学する
教育と医学
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巻頭随筆
第54巻2号 2006年2月
WAKE UP!!   熊澤淨一
「寝た子」は起こさなくてはならない。我々も目覚めなければならない。

 性感染症は人と歴史を共にしてきた。エイズを代表とするウイルス性のものが最近は話題になっているが、梅毒や淋病も社会的に大きな問題とみなされた時代もある。
 身体の接触により感染するものであるから、それを完全に避け、性行為を行わなければ消滅させることはできるかも判らない。しかしながら、神が与えた種の保存の本能を封じ込めることや、悦楽を禁じることは、神の摂理に反することになり、不可能である。
 人が性を持ち続ける限り、性感染症はなくなることはない……と言えよう。
 種の保存に努め、悦楽を味わいながら、できるだけ性感染症に罹患しない方法を探究する叡智も、人は神から与えられている。
 ある性感染症が、何により発症するのか、どのように感染するのかは、数多くの基礎的・臨床的研究により、ほとんどが判ってきている。感染微生物の同定方法、その確認時間の短縮化、診断技術の開発・進歩は目覚ましいものがある。また、性感染症の動向の調査と、その成績の把握・分析も年々精度が向上している。
 性感染症に携わるものとして、現在の課題をまとめると次の三つとなる。
 1、幅広い疫学的調査を持続的に行い、集約公表すること。
 2、診断方法、治療手段の開発研究に努めること。
 3、性感染症の実体とその予防法の周知徹底、幅広い啓蒙活動を怠らないこと。
 特に三つ目が取り組み易いこととして、多くの機関が活動しておられるが、自己満足に終わっているもの、控え目なものが目につくのが実状である。
 エイズ・キャンペーンは定着化しているようだが、「エイズは恐いね。エイズにかかった人は可哀想ね」で終わっているのではないだろうか。
 エイズを撲滅することは困難だが、全世界的に見れば数秒に一人の割合でHIVに感染しているのを、十秒に一人、二十秒に一人、一分に一人と延ばすことはできるはずである。それにはまず、エイズとは何か、性感染症にはその他にどのようなものがあるかを知ることから、ことは始まる。
 相手が姿を現すのは、こちらに乗り込んできてからであるのは、性感染症をはじめ感染症の宿命であり、これは如何ともしがたい。しかし橋頭堡を築かれる前に、相手を素早く見抜くことはできる。それには、どのような相手が身近にいるのか、その相手はどのような特性をもっているのかを知っておかねばならない。次に、乗り込ませない方法、予防対策の構築となる。
 これらのことを知らない人たちには、たとえ子どもでも若者でも知らしめねばならないし、誤った知識を有しているのであれば、正しい情報と的確な対処法を伝えなくてはならない。
 聞く耳を持たない者は、耳を引っ張らなくてはならない。正しい情報を伝え、教えることができる者は、積極的に動き廻らなくてはならない。
「寝た子」は起こすべきである。我々はそのことに目覚めなければならない。
執筆者紹介
熊澤淨一(くまざわ じょういち)
北九州市保健福祉局医務監。九州大学名誉教授。専門は泌尿器科学。九州大学医学部卒業。佐賀医科大学泌尿器科教授、九州大学泌尿器科教授・病院長、国立病院九州医療センター院長、北九州市立医療センター院長を経て現職。著書に『開業医のための性感染症STD』(南山堂、一九九九年)、『性感染症 STD』(共編、南山堂、二〇〇四年)など。
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