こころとからだを科学する
教育と医学
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巻頭随筆
第53巻11号 2005年11月
感知融合教育のすすめ   遠藤友麗
 今、子どもの教育の世界は学力一辺倒の様相を呈しており、教師は学力アップとその評価にほとんどのエネルギーと時間を消費し疲れ果てている傾向がある。  ここでいま一度「人は何のために学ぶのか、何のための学力か、なぜ学力を身に付けなければならないのか、どのような学力なのか。何のために9カ年も学ぶことを強制させるのか」「教育とは一律の問題で一律の答えを出し、絶対評価できるIQ的な学力だけのことなのか?」「同じ内容の学力が高いことは社会に出て、即能力が高いことに直結するか?」などを再確認しなければならない時にきている。
 「学力」とは学校でしか使われない言葉である。社会に出れば学力とは言わず有能かどうか、すなわち「能力」という。「学力優秀=社会に出ても有能」ではない。社会では、知力と共に感性や人間性など個性的特質を生かして課題解決していく総合力が求められる。
 人は何のために学ぶのか? それは端的に言えば「自分の夢を築き、その夢を実現していくため」と言えよう。世界的な未来社会学者トフラー博士は「これからの子どもの70%が将来未知の職業に就く」と予測している。このことは、学校が現在の学力や仕事の種類・内容で考えて教育していても、いざ就職し企業人になってみると、仕事や求められる能力等は、それまでに身に付けたことでは対応できない新たなことを、自分の課題意識や感性などによって総合的に状況判断し学び続けることが求められる。すなわち、これからは学校で学んだ画一的な「知能(IQ)的能力」の高さではなく、「主体的な状況判断や感性・感情などを生かして思考・判断・新たな課題解決方法」を学び続ける必要のある生涯学習継続社会になっていくということである。これらに積極的に対応できる能力は、一律に同じ知による解決能力を測定するIQによる教育から、思考・判断・解決方法などにその人らしい感性・感情、独自の経験・思考方法などを生かして解決していく能力、感性的な能力である「EQ」を重視していく必要がある。これまでのIQの能力は、すでにコンピュータによって取って代わられる時代にきており、現代の考える能力を持ったコンピュータに勝てる人間は世界中でもおそらくいないであろう。しかしEQは、コンピュータには為し得ない豊かで個性的・多様な思考・判断ができる。EQとはいわば「心と感性・個性を持ったIQ」ともいえよう。
 筆者は10年前に「日本感性教育学会」を設立し、その中でこれからの社会は知の量や知的判断力のみではなく、知力と感性や感情など心的要素や個性的思考・判断能力、芸術的美意識などを一体的に働かせて思考し判断し解決していく「感知融合の教育」が重要になると提唱している。この感知融合の考え方はまさにEQそのものといえる。
 この感知融合の能力は課題解決においても、豊かな感情や情操、芸術や科学の教育における創造的能力の開発、相互理解・相互尊重に基づく豊かなコミュニケーション、歴史認識や国際間の共通理解の問題および現在の青少年の問題行動の防止や豊かな心の教育においても、またさらに、医学やカウンセリング、政治問題などにおいても共通的に必要になる。今後の教育方法の価値観がこのEQ・感知融合の考え方に転換していくとき、真に生きて働く個性的でかつ共感性・共有性を持った有効な思考力となって諸課題の解決に有効に機能していくものと考える。またEQは、思考や解決の仕方が人間や自然に優しく、また、優しさと共感性をもった人間関係や文化の理解すなわち「異の共感性」の涵養になっていく。
執筆者紹介
遠藤友麗(えんどうともよし)
聖徳大学児童学科教授。女子美術大学大学院客員教授。前文部科学省初等中等教育局視学官、元東京都教育庁指導部指導主事。日本感性教育学会副理事長、日本美術教育連合理事。東京芸術大学美術学部卒業。美術教育、道徳教育、生徒指導、評価等において著書多数。平山郁夫氏に学び日本画も制作。
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