こころとからだを科学する
教育と医学
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巻頭随筆
第53巻1号 2005年1月
「教育」と「医学」:今世紀の課題   安藤延男
 十九世紀末になされた「二十世紀」に関する予測は、どれくらい的中していたのだろうか。これをレヴューした船橋洋一は、言う。当たっている予測もかなりあった。がしかし、重要なのは、予測の当り外れよりも、世紀の転換期に、人々がなぜそのような予測をしたか、であると(『船橋洋一の世界を読み解く事典』、岩波書店、二〇〇〇年、四頁)。
 そこで、われわれも二十一世紀の「教育」と「医学」の課題を展望してみたい。いうまでもなく、前世紀後半から今日にかけて、日本社会は未曾有の社会変動のもとにある。少子高齢化や情報化、技術革新、グローバリゼーションなど、その衝撃はいよいよ激しさを増し加えつつある。そして「教育」と「医学」もまた、そうした時代状況下の「人と社会」の問題に強くコミットし、独自の視点から挑戦しなければならない。
「少子高齢化」の波は、予想よりも早く日本列島におし寄せ、保健福祉制度のあり方などに抜本的な見直しを迫っている。「家族形態・機能の変動」と「地域コミュニティの解体」、「家族支援」、「介護予防」「環境のバリアフリー化」、「健康寿命」、「健康支援」など、総合的な予防アプローチへのシフトと、医師やパラメディカル・スタッフ、心理臨床家、教育者、国や地方自治体、地域住民などの協働体制の構築が不可欠となっている。
 他方、健康と福祉、キャリア教育、生きがい、自己実現、死の教育など、高度高齢社会ならではの学習課題と向き合わねばならない。それと同時に、慢性的な「少子化」がもたらす「労働値から人口の絶対的不足」も深刻だ。もっとも後者については、予想される労働力人口の減少分を、「働くことが生きがいだ」とする元気な前期高齢者の再就労により補完してはどうか、という提案も見られる(例えば、清家篤『生涯現役社会の条件』、中公新書、一九九八年)。
 「情報化」は、もはや抗いようのない大きなうねりとなって、企業活動はもとより、日常生活のすみずみに浸透している。特にコンピュータの急速な普及は、すべての人々に体系的な情報教育を必要とさせ、「インターネット・リテラシー」や「情報リテラシー」などの用語が、公式の学校教育のカリキュラムではもちろん、日常会話でも飛び交う昨今である。バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの先端科学に対する「リテラシー」とともに、インターネットや情報、メディアに対する新しい知識や技能は、今世紀をよりよく生き抜く人々にとって、最低不可欠の「基礎学力」となりつつある。
 最後に、「グローバリゼーション」である。これは「教育」と「医学」に、どのような課題を突きつけているのだろうか。上述した船橋洋一の本の「二〇二五年:Grave New Worldの予感」(五〜七頁)によれば、米国二十一世紀国家安全保障委員会は、米国は、向こう二十五年間は世界のリーダーであり、その軍事技術の優位は動かない、アジアでは中国とインドが台頭する、日本の凋落は避けられそうもない、と予測している。そして、「日本がカムバックできるかどうかは、肝硬変状態に陥った官僚組織とひ弱な政治指導力と決定力をいかに改革できるか、である」などと、なかなか辛辣だ。
 こうした予測はさておき、食料問題や環境問題の解決、国際緊張の緩和と平和の実現、感染症対策、国際化のなかの治安問題、異文化理解の教育などは、ますます重要となる。「愛国心」と「文化的寛容」という、一見、二律背反ともとれる実践課題にも、われわれは敢然と挑戦しなければならない。
 多様な専門分野を総合する「教育と医学の会」の使命は、ますます大きいものがある。
執筆者紹介
安藤延男(あんどう のぶお)
九州大学名誉教授、(財)福岡県人権啓発情報センター館長、教育と医学の会会長。
九州大学大学院教育学研究科博士課程修了。教育学博士。専門は教育心理学。
九州大学教養学部教授、福岡県立大学学長などを経て現職。
著書に『コミュニティ心理学への道』(編著、新曜社、一九七九年)、
『人間関係入門』(編著、ナカニシヤ出版、一九八八年)、
『これからのメンタルへルス』(編著 、ナカニシヤ出版、一九八九年)など。
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