こころとからだを科学する
教育と医学
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編集後記
第54巻4号 2006年4月
▼少子化の流れが止まりそうにはありません。今年正月の朝日新聞特集には、このままいくと3000年頃には、日本人がいなくなってしまうというショッキングな記事が出ていました。今や、少子化対策基本法という特別の法律を作ったり、少子化問題を専門に担当する大臣を置かねばならないほど、わが国の少子化は深刻になってきているわけです。その大臣は出産費用をすべて無料にするという、少しフライング気味の方針を打ち出しましたが、それも少子化をなんとしても食い止めないといけないという焦りの表れかもしれません。
▼小さい頃から二部授業、60人近くのすし詰め学級、厳しい受験競争、就職競争と、常に過密の中で生きてきた団塊の世代の一人である私からすれば、人口減によってわが国の社会に少しゆとりが出てくるのもよいのではないか、などと考えたりもします。
 しかし、ある報告書はプラスの面も出てくると考えるのは「甘い」考えであり、経済活動を支える基盤そのものが縮小すれば「規模の経済性」が失われ、現在の生活の質を維持することは難しいと警告しています。
▼少子化が進行してきた原因について、政府の白書では「晩婚化・未婚化の進展」や「夫婦の出生力の低下」などがあげられています。結婚や出産が「当たり前」であった時代はとうに過ぎ、それらが人生における選択肢の一つとしてしか意識されないようになったということでしょう。子どもを産んだり、育てたりすることを「重荷」や「束縛」と考えるような若い世代が増えてきたと、白書なども指摘しています。しかし、わが国の社会では、子どもを産み、育てるという、人生や社会全体にとって最も大事なことがあまり尊重されていない状況が、そうした意識の背景にあるのではないでしょうか。
▼子育てしながらでは働きにくい環境、なかなかすぐには入れない公的保育所など、若い世代にとって子育てには多くの「障害要因」が伴っています。しかし、そうした不備な制度以上に深刻なのは、今のわが国社会のありようです。構造改革のなかで進行する経済不安、年間3万人に達する自殺者、頻繁に起こる小児殺害など、今の日本が、希望に満ちて子どもを産み、育てるのに最適の社会だと感じている若い世代の人はおそらく少数でしょう。
▼これから、わが国の人口が減り続けることは確かですが、国を維持していくためには適正な人口規模がもちろん必要です。しかし、例えばイギリスなど、わが国の人口の半分ほどで、十分活力ある社会を維持している国もたくさんあります。明治以来、わが国は量的発展に主眼を置いてきました。少子化社会の到来は量を追い求めるのではなく、ゆとりとか質を大事にするという転換が迫っているとも考えられます。人生や生活に、ゆとりと質をはっきりと見出すことができるとき、若い人たちはその社会を保っていくために、すすんで子どもを産み育てる気になることでしょう。そうした社会観に裏付けられた少子化問題への対策が望まれます。

(望田研吾)
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