こころとからだを科学する
教育と医学
慶應義塾大学出版会トップヘ
教育と医学トップヘ
編集後記
第53巻11号 2005年11月
▼今月号では、EQの意味と意義を理解し、EQをどのように育むかについて、特集が組まれ、興味深い論考が揃った。
 学校において、家庭において、野外活動において、そして企業組織において、育みの効果的なあり方について、それぞれ示唆に富む議論が用意されている。
▼EQは、知、情、意のうちの、主には情に関わっている。自分の感情のコントロールや提示、あるいは他者の感情の受けとめや対応の適切さを意味するEQを高めることの重要性について、我が国でも、社会の各方面において、説かれるようになってきている。
 学校で、医療現場で、会社などの職場で、あるいはコンビニやレストランなどで、少なくともface-to-faceの関係が基本となるところでは、そうである。
 そのような動きは、いわば当然の動きである。というのも、私たちの社会生活の中で繰り広げられる対人関係において、人間的な温かみや潤いの交流は基本をなし、必要にして欠かせないものだからである。
 それにもかかわらず、我が国においても、かつてと比較して、人同士の感情の提示や受けとめが歪んだり、おろそかになったり、場合によっては、すっかり消失し始めている可能性が高い。
 そのためであろうか、経済のサービス化が着実に進む中で、心のこもった、そして配慮の行き届いた丁寧な接遇やホスピタリティが、有望なビジネスとして成り立つようにさえなってきている。
 この背景には、前述したように、日常生活において、脅かされている感情面での適切なやりとりの欠落部分を補い、さらには自分の心を満たし、豊かにしてくれるサービス商品のひとつとして、そのような接遇やホスピタリティを人々が欲し、お金を出しても買い求めているとして理解することができる。
▼EQの基本をなすのは、他者の感情の読みとりや自己の感情の表現とともに、やはり周囲の関わる人々と、しっかりとコミュニケーションを交わせることであると思う
。  すなわち時々の挨拶をはっきり声に出してできること、自分が存在している場や流れに入っていること、そして他者から働きかけられたときは、即時に反応できることであると思われる。
 例えば、大学でいえば、顔見知りなのに挨拶ができない、授業の流れに入っていられない、したがって意見や感想を求められても無言でやり過ごそうとする学生が散見される。そしてその一方で、そのような学生に出会ったとしても、「今どきはそんな時代だから」で見逃し、済まそうとする教員もいたりする。
 そこを見逃さずに、働きかけたり、助言をしたり、誘導するなどによって対処することが、EQを育むためのリアルタイムの活動であると思われる。
▼最近、IQ、そして今回の特集のEQに続いて、新たにSQ(spiritual quotient)が話題になり始めているという。これは、知、情、意、の意に該当する。確たる夢や信念の保持に関わる考え方である。SQについても、いつか特集が組まれるようになるかもしれない。
(古川久敬)
前の号へ 次の号へ