こころとからだを科学する
教育と医学
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編集後記
第53巻7号 2005年7月
▼本号は「安全教育と災害後教育」というテーマで13名の方に執筆をお願いしました。その編集後記を書いているときに、身近に安全について考える出来事がおこりました。
▼福岡県西方沖地震が発生したとき、私は彼岸の墓参りにでかけようとしていました。突然車庫の屋根ががたがた音をたて、エンジンがかかっていない自動車が横揺れしています。妻の「地震よ」の叫びに慌てて外へ飛び出すと、近所の人々も次々に家の外へでてきて、「今のは震度5くらいはあった」などと揺れのひどさに一様に驚いています。その後の気象庁の発表によればわが家の周辺の震度は6弱でした。
▼当日が日曜日の午前中であったことや、震源地が市街地直下ではなかったなどのいくつかの幸運が重なり、大都会を襲った地震としては被害が少なかったのですが、それでも玄界島の惨状を筆頭に、次々と明らかとなった地震の被害は、「地震が無い福岡」と住民のほとんどが信じていた場所での"まさか"の災害でした。
 その後、新潟県に住む友人から地震見舞いが届きました。それは「災害は忘れない頃に発生するとつくづく思います」と書き始めてありました。彼は昨年10月の新潟県中越地震で自宅が崩壊する被害に遭いながらも、保健所長として住民の救助に奔走した男でした。
▼そして、この原稿を書いているところへJR西日本福知山線の列車脱線事故の報道です。被害に遭った方はまさかJRの電車が脱線転覆し、しかもマンションに突っ込むなどとは思ってもいなかったでしょう。「まさかこんなことはおこるまい」「まさかこんなことをするはずがない」と思いこんでいるところに「まさか」が次々におこっています。
▼電気製品や自動車などの宣伝文句で、時々フルプルーフという言葉を聞きます。長らく私はこれをfull proofと信じていました。つまり十分に保証されているという意味だと思っていたのです。ところがある日これはfool proofだと知りました。foolすなわち「ばか」「愚か者」です。どんなに愚かな人でもわかる、使いこなせる、という意味だったのです。
 しかし、見舞いをくれた友人が言うとおり、最近の自然災害、人的災害の多発傾向を考えますと、安全にfool proofということはまずあり得ないと思います。学校の中は安全と誰もが思っているところで池田小学校事件が起こってしまいました。安全と思っていた電車が脱線しました。地震などの自然災害の発生に関しては人知の及ぶところではありませんが、その後に発生する被害の中には人的ミスが後から次々と指摘されます。
▼子どもたちのために安全な環境をつくり、危険な目に遭わないように周囲のものが気を配ることは大切なことです。しかし、逆説的ではありますが、究極の安全などはないことを教え、危機に陥ったときにいかに対処するかを教育することのほうがもっと大切かもしれないとつくづく思うこの頃です。  
(松山敏剛)
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