教育と医学

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教育・心理・医学から探る

特集にあたって2020年1・2月

アタッチメント理論を支援に活かすために

小澤永治

 アタッチメント理論は、イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィ(一九〇七―一九九〇)により一九六〇年代頃に定式化され、およそ半世紀の歴史を持つ理論となりました。我が国でのアタッチメント理論は、その初期には母子関係の問題のみに焦点化されるなど、誤解を挟んだ形で注目された時期もあったようですが、二〇〇〇年代に入った頃からは、その正確な内容を伝えるための専門書や特集も多く組まれ始め、本誌「教育と医学」でも注目のトピックとして数度の特集を組んできました。

 私自身とアタッチメント理論との出会いは、学部で受講した心理学の講義でしたが、その頃には既に、アタッチメントは発達心理学や臨床心理学の中でどの教科書にも載る基礎的概念となっていたように思います。大学院に進学後は、児童虐待や社会的養護の領域における心理支援を中心に携わってきましたが、「アタッチメント」という用語は心理職のみならず、ケースワーカーや保育士、児童指導員の中で共通概念として定着しており、子どもの理解を深め、今後の支援方針を考える上での中心的なテーマの一つとなっていると感じています。ボウルビィの臨床と研究の土台であった児童福祉の領域はもとより、現在では、母子保健や小児医療、精神医療や成人も含めた心理臨床といった支援の場において広く浸透していると言えるでしょう。

 さらに、我が国の近年の児童虐待相談件数の増加に伴い、不適切な養育が子どもの発達に深刻な影響を与えることが社会的に注目を浴び、また国内外において脳神経科学を含めた子どもの発達へ与える影響の科学的根拠が示されるにつれ、アタッチメント理論の持つ価値はさらに重要視されるようになってきました。

 しかしながら、ここでまた危惧されるのが、アタッチメントに関連した研究や実践が多様に展開している現在、我が国への導入初期のように、その内容が誤解され、拡大解釈を含んだ形で広まっていないだろうかという点です。様々な支援事例の検討会に参加させて頂く機会がありますが、時に「アタッチメント」や「愛着」という言葉が、複雑な要因が交絡する親子関係の全てを代表するものとして語られ、時に親の育て方を責めるために用いられるような場面も見受けます。「愛着障害」という言葉もよく聞かれるようになりましたが、その正確な見立てが行われず、子どもの問題行動を一方的に説明するために用いられるなど、一時期の「発達障害」の流行のように、「愛着障害」という用語の乱用とも呼べる状況に陥っていないかと懸念することもあります。

 そこで本特集では、「アタッチメントと発達支援」と題し、我が国のアタッチメント研究の第一人者から、その現在と今後の課題、我が国における適用について紹介して頂きました。続いて、周産期支援、発達障害支援、学校教育、社会的養護といった、特にアタッチメント理論と関連の深い領域での支援について、各領域の最前線で活躍されている方から、実践において考えるべき視点について述べて頂きました。多様な情報が氾濫する中で、再度アタッチメント理論の基本に立ち戻り、どのように支援に活かしてゆくことができるか、皆さんと共に考える機会となればと思います。

執筆者紹介:小澤永治(おざわ・えいじ)

九州大学大学院人間環境学研究院准教授。専門は臨床心理学。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程単位取得退学。鹿児島大学大学院臨床心理学研究科講師、同准教授を経て現職。著書に「自閉症スペクトラム障害をもつ児童養護施設入所児童への多面的アプローチ」(『心理臨床学研究』三二巻五号、二〇一四)など。

編集後記2020年1・2月

 最近、育児書やインターネット等でもアタッチメントに関する記事をよく目にするようになった。アタッチメントの重要性が幅広く知られるのはとても良いことであるが、一方で、アタッチメントが少し本質から離れて受け取られたり議論されたりしていることもあるようである。

 特に、その場で起こるやり取りを表面的に見て、アタッチメントの問題と安易に関連付けられているのではないかと危惧するときがある。先日、子どもとアタッチメントがよく築けているのか不安、と訴える保護者に出会った。“〇〇のやり取りをして子どもとアタッチメントを形成し、「良い子育て」を”等と紹介する記事を読んだものの、うまく〇〇できない、ということであった。ちなみに、ただ○○を好まないだけで、他に問題を感じることはないそうである。また、機嫌が悪く保護者に怒る子どもを抱く保護者から、「こういう反応をする子はアタッチメントに問題があるんですよね?」と聞かれたこともある。こちらのお子さんは、おやつを食べて機嫌がなおったら、楽しく相互作用を開始した。

 無論、関係性はやり取りに現れるであろうし、やり取りからアタッチメントの形成をみることはあるだろう。しかし、ある特定の関わり一つがアタッチメントを形成するのではないし、子どもの関わりのエピソード一つをもってアタッチメントに問題があるかを判断するのは尚早である。アタッチメントが注目されているがゆえに、また、関係性をつかむということは時として難しい場合もあるために、アタッチメントは子どもの様々な心理社会的な問題の“原因”としてみられがちなのかもしれない。本特集号では、アタッチメントの基本に立ち返り、様々な視点から具体的に知見を整理している。アタッチメントの重要性はもとより、その課題や限界についても言及している。改めてアタッチメントの本質を考える機会になればと思う。

(實藤和佳子)

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