こころとからだを科学する
教育と医学
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編集後記
第53巻4号 2005年4月
▼今後のわが国の医療において、最も重要であるのは少子高齢化への対応であると考える。一九六〇年のわが国の平均寿命は、男性が六五・三歳、女性が七〇・二歳であったが、二〇〇三年の平均寿命は男性七八・四歳、女性八五・三歳である。日本の人口は二〇〇六年以降減少に転じるが、高齢者の数は二〇二〇年まで急速に増加する。しかも、病気や障害をもっている確率の高い七十五歳以上の後期高齢者の数が急増し、二〇二五年には二〇二六万人になると推定されているからである。
▼一九七三年に始まった老人医療無料化により、わが国の高齢者の受療率は著しく増加した。いわゆる社会的入院も増え、福祉の医療化と呼ばれる状況も生じた。それに伴い病院で亡くなる人の比率が増え、一九七七年には病院等の施設内死亡が施設外死亡を上回り、二〇〇一年には施設内死亡は八三・八%、自宅死亡は一三・五%となっている。高齢者は自宅でケアをされることを望みながら、退院が可能であっても自宅での受け入れ条件が整っていないために長期入院し、そのまま病院で亡くなる例が多く認められたのである。このような形で高齢者のケアをすることは医療費の面だけではなく、人権の点でも問題である。入院して生活することは、「収容されて監視される」という面があるからである。
 今後は、高齢者に対する医療においても、「本人の自立と選択」を尊重することが重視されることになると考える。高齢者は、住み慣れた地域、住宅で最期まで人生を送りたいという願望が極めて大きい。わが国でも病気や障害をもつ高齢者が、訪問看護やホームヘルプサービスを使いながら、自立して生活している例が増えてきている。
▼また、わが国の医療制度は少子高齢化とともに国の財政問題の影響も受けざるをえない。その結果、高齢者は医療サービスの負担を国に全面的に依存することが困難となり、自分自身の負担、責任を増やしていくことにならざるをえない。すなわち、安全で安心できる生活を、自らの負担と選択で確保していくことになるであろう。医療においても、病気や障害をもった高齢者の自立した生活を維持することを効率よく行うことが求められるようになるであろう。有限な社会資源を効果的、効率的に活用していくためには、医療サービスにおいても健全な競争が起こることが望まれる。医療サービスを行う側がサービスの質を公開していくことと患者に診療やケアに関してわかりやすく説明していくことが、健全な競争が行われる前提となる。
▼ 一方では国民の対応も重要である。今まで、わが国の社会では病気や障害をもった高齢者が「いきいき」と生きていけるような「支援」をしてきたとは必ずしもいえない。高齢者の「自立と選択」を保障するためには、まず、社会が疾病や傷害をもった高齢者ができるだけ社会参加できるように、「受け入れ」ていくことが必要である。
 このことが、高齢者の「生活の質」や「人生の質」を改善することにつながるであろう。
(馬場園 明)
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