こころとからだを科学する
教育と医学
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編集後記
第53巻5号 2005年5月
▼最近、「ジェンダー」や「性差医療」の特集を目にすることが多い。今回、脳、ライフサイクル、性同一性障害、自閉症、犯罪などの多方面から心の性差について特集を組まれた。今回の論文はいずれも興味あるものであり、これらによって、性差をふまえた治療やケアが進展することが期待される。
▼ここでは、ストレスと性差について概説したい。一般に、ストレス反応は、ストレッサーの種類・強さ・時間とそのストレッサーに対する認知・対処行動との積により決定され、その結果、生体の精神―神経―内分泌―免疫系の変化が起こる。したがって、これらの各因子の性差が複雑に絡み合い、ストレス反応の男女差に反映されると考えられる。
▼私たちが行った日本の成人男女1095人を対象にした調査の結果(日本人のストレス実態調査委員会編『日本人のストレス像』、NHK出版,2003年、32―33頁)について述べる。
 日本の経済不況や少子高齢化社会を反映して、男女とも共通して上位に、1位…先の見通しが立たない、2位…老後の生活の経済的心配がある、3位…家計にゆとりがなくなった、の3項目があがっている。次に、ストレッサーの男女差に注目すると、男性のストレッサーでは、4位…仕事が忙しすぎる、7位…休日・休暇が取れない、8位…事業が不振である、と仕事に関するストレッサーが多く、女性では、5位…自分の容姿に不満がある、6位…ダイエットが必要である、と自分の美容に関するストレッサーが大きいことがわかる。
▼ストレッサーに対する緊急時の認知・対処行動は、一般に「闘争か、逃避か (fight or flight)」という言葉で表されており、ストレッサーに対して抵抗するかあるいは逃走するかの心理的危急反応が生じる。身体的にも、交感神経系の活動亢進と副腎髄質からのアドレナリン分泌増加が起こり、立毛、発汗、心拍・血圧の増加、瞳孔の散大、内臓血管の収縮、骨格筋への血流の増大などの反応が生じることが分かっている。しかし、こうした認知・対処行動の性差についてほとんど取り上げられてこなかった。この性差について、Taylorらは1985年から2000年までのストレス反応に関する200にのぼる論文を調べたところ、女性特有のストレッサーに対する認知・対処行動として「子どもの面倒をみる、仲間や味方をつくる (tend and befriend)」という様式がみられたことを報告している。
 この報告によると、女性ではストレス場面において、「闘争か、逃避か」という認知・対処行動は少なく、考える知的な反応が男性より多く、「子どもなど自分を頼りにする者を守り、周りと同盟を組む」という行動様式を取る、としている。
▼生理的ストレス反応の性差については、卵巣から主に産生される女性ホルモン(エストロゲン)とストレス反応の関連が注目されている。例えば、閉経後の女性では年齢依存的に男性に比べ、ストレス反応による視床下部・下垂体・副腎軸(HPA axis)が亢進する傾向にある。
(久保千春)
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