こころとからだを科学する
教育と医学
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巻頭随筆
第54巻6号 2006年6月
病気と闘っている子どもへの教育  衞藤義勝

 子どもの病気は、先天性的原因で起こる病気と、後天性に発症する病気があります。先天性の病気としては、先天性心疾患、脳の奇形症候群、手足の奇形、種々の遺伝子異常に基づく遺伝病等様々であり、病気の種類だけでも一万種以上もあります。また、周産期の異常、特に出産時の脳出血、無酸素低酸素症による脳障害、川崎病、ネフローゼ症候群、リウマチ、てんかん等、後遺症を来す後天的疾患が多数あります。
 このように、子どもの病気の原因は種々であり、またその病気の重症度もいろいろです。重症心身障害児として寝たきりの子どもたちも沢山おります。体は不自由なく動かせても知的障害により、自分で何もできない子どもたちもおります。知能は良くても体を動かすことができない子どももおります。子どもの病気は種々ですが、いずれの患者にも将来があるのです。
 病気の程度・障害の程度・年齢に合わせて、子どもの教育をする必要があります。重症な脳障害、呼吸器を付け動けない子どもでも、相手を見て、またお母さんを見て、眼で合図を送るのです。表情を少しでも見せるのです。まぶた一つの小さな小さな動きでも反応する重症な障害児もおります。何もしないでただ呼吸器につながれている状態の子どもたちにも教育が必要なのです。白血病や様々ながんで闘っている子どもたちにも、抗がん剤の治療の合間に養護学校の先生が病院に来て、算数や理科や歴史を教えて、子どもたちが少しでも生きる輝き、生きる希望が出てくるのも、子どもを教育する大切で重要な役目です。
 生きることの大変さ、辛さは、病気をしている子どもたちでなければ判らないと同時に、逆に生きる素晴らしさ、生きることの大切さ、時間の大切さを、病気の子どもたちは青葉の美しさに感ずると同時に、大切に思っているのです。子どもには最後の最後まで失望という字はないと思っております。死の崖っぷちで葛藤している子どもたちも、生きる希望を失わず、頑張っております。“教育”という難しい字ではなく、子どもたちと一緒に居て一緒の時間を過ごすこと。何か新しい世界を子どもたちは見たいのです。病気の子どもたちへの教育は、一緒に時間を共有して、希望を与える、重要な治療の一環です。生きる希望を持たせることにより、病気と闘う力が出て、恐らく、種々なホルモン、活性物質が体から湧き出て、免疫力を高め、活力が出るものと思います。
 重症な障害児も毎日発達しております。若い芽がどんどん伸びているのです。子どもの成長に合わせた教育も大切です。“教育”という字は、“教え育てる”という字ですから、ヒナに親鳥がエサを与えるように、一人ひとりに愛情を持って教え育てることにより、どんな障害のある子どもたちも彼らのレベルに従って成長するのです。入院期間が長くなると、子どもの心の成長は阻害されます。子どもの心が障害されないよう、豊かな心が育つように、教育者は子どもたちの心を見つめて、希望のある方向に持っていっていただきたく思います。教育者にとって慢性の病気を持つ子どもたちほど、やりがいのある仕事はありません。よろしくお願いいたします。   



執筆者紹介
衞藤義勝(えとう・よしかつ)
東京慈恵会医科大学小児科教授。米国ペンシルバニア大学、スイスベルン大学等に留学。日本小児科学会会長・日本先天代謝異常学会理事長等を務めている。遺伝病の酵素補充療法、遺伝子治療、細胞治療等の研究を行っている。
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