こころとからだを科学する
教育と医学
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巻頭随筆
第53巻8号 2005年8月
「急がば回れ」―落ち着きのない子への教育的支援体制の整備―   川村秀忠
 平成16年12月10日に「発達障害者支援法」(平成16年法律第167号)が公布され、その施行令及び施行規則とともに、平成17年4月1日から施行されることになった。この法律等の施行に伴い、教育の分野において留意すべき事項については、文部科学省から都道府県知事及び都道府県教育委員会等に対して「発達障害のある児童生徒等への支援について(通知)」(17文科初第211号、平成17年4月1日付)をもって、域内の区市町村教育委員会や所管の学校への周知に努めるよう要請がなされた。
 そこで、これら全体を一読してみた印象について、次に二つの観点から述べることにする。
 その一つは、発達障害の定義の広汎性である。法律等の規定を要約すれば、発達障害とは、脳機能の障害であって、その症状が通常低年齢において発現するもののうち、「自閉症、アスペルガー症候群、その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥/多動性障害、言語の障害、協調運動の障害、その他の心理的発達の障害並びに行動及び情緒の障害(具体的な障害名はICD-10に記載されている)」を指すことになる。この発達障害の定義は、DSM-IV-TRでいう「通常、幼児期、小児期または青年期に初めて診断される障害」群の中に含まれるすべての障害を包括するものであり、この概念規定の曖昧さが将来、小・中学校の通常の学級に在籍する注意欠陥/多動性障害(ADHD)、学習障害、高機能自閉症及びアスペルガー症候群(以下「ADHD等」と言う)の児童・生徒に対する教育的支援体制を整備していこうとするときに、足かせになりはしないか不安である。
 そのもう一つは、文部科学省が平成19年度までを目処に、すべての通常の学級に在籍するADHD等の児童・生徒に対する適切な教育的支援を行うための体制整備を目指す、各都道府県等への多岐にわたる委嘱事業の早急さである。すでに平成13年度からその一部が実施されているとはいえ、都道府県及び指定都市の教育委員会における「専門家チーム」の設置や「巡回相談」の実施、小・中学校における「校内委員会」の設置や「特別支援教育コーディネーター」の指名、及び、小・中学校における「個別の指導計画」や「個別の教育支援計画」の作成は、一朝一夕に成し遂げられるものではない。というのは、例えば、「校内委員会」の設置や「特別支援教育コーディネーター」の指名の前提としては「教員の専門性」の向上が不可欠であり、「個別の教育支援計画」の作成の基盤としては「医療、保健、福祉、労働等の関係部局とのネットワーク」の構築が不可欠であるからである。
 「発達障害者支援法」等の公布・施行は、発達障害者にとって確かに朗報ではある。しかし、それが発達障害者の自立や社会参加に寄与するようになるまでには、5年程度を一周期とする実践期間を幾重にも積み重ねて、その成果について検証していく必要があろう。落ち着きのない子(ADHDの児童・生徒)に対する適切な教育的支援を行うための体制整備についても、同様のことが言えよう。しっかりとした成果を望むなら、一見迂遠でも着実な方法をとったほうがよい。「急がば回れ」の精神が大切である。
執筆者紹介
川村秀忠(かわむら ひでただ)
東日本国際大学教授。専門は発達障害学(特別支援教育)。東京教育大学教育学部卒業。東京都立北養護学校教諭、国立特殊教育総合研究所研究室長、秋田大学教授、東北大学大学院教育学研究科教授などを経て現職。主著に『発達障害児の内発的動機づけ―その支援方略を求めて』(東北大学出版会、2002年)、『学習障害―その早期発見と取り組み』(慶應義塾大学出版会、1993年)など。
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