|
ドイツではシュレーダー政権の陰りが目立つなかで、5月30日、キリスト民主同盟(Christlich Demokratische Union (CDU))党首のアンゲラ・メルケル女史が野党側の首相候補として選出された。小誌昨年7月号で、6月3日付『エコノミスト』誌が記事「(フランス語で)ボクは愛しているよ。(ドイツ語で)私は愛してないのよ(Je
t'aime, ich auch nicht)」の中で、独仏関係の歪みを予告したことを紹介した。確かに、外交政策では親米路線、経済政策では市場原理重視を採るメルケル女史が首相に選出されると独仏間の亀裂が生じる危険性がでてくる。協調するか対立するかは別としても、独仏両国は共に経済改革が必要である。経済協力開発機構(OECD)は、6月16日に発表した報告書(Economic
Survey of France)の中で、フランスの財政赤字は今年GDP比3%を超え、来年、低下したとしてもそれは極めて僅かにとどまるとの見通しを立てている。また、ドイツ連邦経済諮問委員会(通称、五賢人委員会/Sachverstandigenrat)の判断を引用しつつ、5月29日付『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙は、所謂「福祉国家的社会保障(cradle-to-grave
social protections)」を完全に諦めて、「アングロ・サクソン世界における残酷な資本主義(?Raubtierkapitalismus"
in der angelsachsischen Welt)」へと一足飛びに制度改革しなくとも、同じ「アルペン派(die Alpenrepublik
strome)」であるオーストリアやデンマークを模範として「折衷型の成功(Erfolg hybrider Modelle)」を探る道があることを主張している。
筆者自身は、独仏首相に対して、6月1日付『ル・フィガロ』紙がドゥヴィルパン首相のテレビ演説を評した記事「より大胆不敵に、より創造力を発揮して(≪plus
d'audace, plus d'imagination≫)」のタイトルが示すような独創的なリーダーシップを期待している。紙面の制約上、EU首脳会議には触れないが、今回独仏両国の動きに関して情報交換している際、5月23日付『デァ・シュピーゲル』誌の記事「麻薬のLSDよりも極右のネオナチ(NPD
statt LSD)」と題した記事を教えてもらった。フランスと並んで雇用創出に苦しむドイツ政府は、5月31日、5月の失業率を発表したが、旧西独が9.7%、旧東独は18.9%であった。5月7日付『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載されたドイツのノーベル賞作家ギュンター・グラスの小論「最も厳粛な世代(The
Gravest Generation)」の中の言葉「ドイツ統一は本質的には失敗であった(German unity has essentially
been a failure.)。」が筆者の心に今尚重く残っている。旧東独地域の経済的停滞は深刻である。こうした苦しい経済的背景からか、旧東独地域を中心にネオナチのドイツ国家民主党(Nationaldemokratische
Partei Deutschlands (NPD))に対する人気が若者の間に広がっている。彼等は慎重かつ思慮深い行動としてNPDに入るのではなく、音楽やファッションという軽い気持ちでネオナチに参加している。同誌によると、現在、違法の極右思想を持つロックバンドの人気が高まり、そのCDが88セントで販売されているという。何故88セントかというと、アルファベットで8番目が「H」であり、「ハイル・ヒットラー(Heil
Hitler)」の略が「HH」であるからである。ネオナチ思想と、不良であることに惹かれる若者心理が重なりあって現在のNPD人気があると専門家は分析している。すなわち、「昔は麻薬(LSD)、今はネオナチ思想(NPD)」という訳である。これに対する措置として、連邦政府は極右思想封じ込めのための「品位ある者の抵抗(Aufstand
der Anstandigen)」プログラムとして1億8千万ユーロの予算を2006年までに組んでいるという。小誌昨年5月号でも触れたが、欧州における反ユダヤ主義の広がりに我々も留意する必要があろう。小誌昨年12月号で、ヒットラーの最期を描いた映画『陥落(Der
Untergang)』に対する独仏の反応の対比を紹介したが、ヒットラーの亡霊は未だに欧州に漂っているという感を強めている。ヒットラーと言うと、著作『わが闘争(Mein
Kampf)』は、我々の歴史にとっても重苦しい記憶の中にある。英訳と原書しか読んでないので筆者仮訳で恐縮だが、第11章「国民と人種(Volk
und Rasse)」を読むと、アーリア人のみを「文化を創造する人種(Kulturbegrunder)」とし、日本人を「文化を身に付ける人種(Kulturtrager)」としている。当初、日本語版は日本を卑下した部分が削除されて訳出出版された。当時、原書で読めた日本人は少なかったであろうが、本学図書館で調べると、完全英訳版は1939年に出版されている。1939年と言えば、真珠湾攻撃で太平洋戦争に突入する2年前である。駐在武官として在欧経験を持つ井上成美帝国海軍航空本部長(当時)等一部を除き、帝国陸海軍の情報将校及び産官学のエリートは、同盟国ドイツの思想、特に、日本を対米牽制用の道具としか考えていなかった独裁者ヒットラー総統の「日本を見下した」思想について良く知ろうと何故努力しなかったのか、また、最新で正確な「情報」をどうして重視しなかったのか。今考えても残念でならない。筆者が尊敬する岡崎久彦大使は、『陸奥宗光とその時代』の中で、帝国陸軍が日露戦争後、「戦略」を重視せず、従って、「情報」を重視せず、その結果「戦略的白痴状態」に陥った結末を述べられている。原則として原語による情報収集の重要性を改めて認識し、我々は情報収集に関して同じ過ちを繰り返さないよう銘記したい。
因みに、スタンレー・ホフマン教授やサミュエル・ハンチントン教授と共に欧州比較政治学を教えている本学欧州問題研究所(CES)のシンディ・スカッチ教授は、欧州憲法に関する著書『国民の憲法(The
Constitution of Peoples)』(Harvard University Press)と『憲法の編纂を過去の独仏憲法に学ぶ(Borrowing
Constitutional Designs: Constitutional Law in Weimar Germany and the French
Fifth Republic)』(Princeton University Press)を近く出版する予定である。また、スカッチ教授は、本年3月、専門誌(Journal
of Common Market Studies, March 2005)に、「我々は複数の国民か?: EUの憲法化を問いただす(We, the
Peoples? Constitutionalizing the European Union)」を発表している。次に、紙面の都合上、簡単に紹介するが、欧州問題に関して、ワシントンDCに在るアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)で、会合が2回開催された。第1回目は、6月2日、「欧州経済:
憲法無しで改善可能か? (Europe: Better Off without a Constitution?)」と題し、新大西洋イニシャティブ(New
Atlantic Initiative (NAI))のラデク・シコルスキー氏が司会者となり、国際経済研究所(IIE)のアダム・ポーゼン氏等が討論をしている。第2回目は、「欧州型経済モデル:
モデル・チェンジの時来たる? (The European Economic Model: Time for a Facelift?)」と題し、同じくシコルスキー氏の司会で、現在の税制・規制・福祉政策を維持したままで、欧州は「欧州病の象徴(emblems
of Europe's malaise)」とも言うべき低生産性、低成長、高失業率を解決することが可能かという視点から、ジョージタウン大学のチャールズ・カプチャン教授等が討論を行っている。これに関連して、ブルッキングス研究所のフィリップ・ゴードン氏は、6月1日付電子版『ニュー・リパブリック』誌に小論「仏国民投票結果が米国にとって良くない理由(Why
The French Vote Was Bad For America)」を掲載している。シコルスキー氏は、フランス国民投票の欧州憲法否決が米欧関係にとって良い結果を生むとし、「ネオコン」のウィリアム・クリストル氏も「フランス万歳(Vive
la France!)」として、欧州憲法否決に対して米国の視点から高く評価しているが、この点に関し、著者であるゴードン氏は疑念を投げかけ、「もし米国がフランス政治を嫌いであったなら、国民投票後の混乱で、益々嫌いになるであろう」と予言めいた発言をしている。そして、内部的に混乱したEUは、旧東欧諸国の民主化、経済的な安定と繁栄を推進することができず、それは米国にとって頭をかかえさせることになると同氏は主張している。また、2日には、ブルッキングス研究所で、「ボーイング=エアバス貿易摩擦
(The Boeing-Airbus Trade Dispute: Implications for Transatlantic Relations
and Global Trade)」と題した会合が開催された。12月に開催予定のWTO香港閣僚会議に向け、EU政府の代表者や『ナショナル・ジャーナル』誌のブルース・ストークス氏等がエアバスの市場占有率が上がって、再び提訴合戦の様相を示し出したこの問題に関して、論点整理した議論が行われた。
国際関係に関しアジアに目を転じると、シンガポールで、6月3〜5日、同国政府及び英国の国際問題戦略研究所(International Institute
for Strategic Studies (IISS))が共同で「2005年IISSシャングリラ・ダイアローグ」を開催した。2002年から毎年開催されている同会合では、シンガポールのリー・シェンロン首相がキー・ノート・スピーカーとして参加し、ドナルド・ラムズフェルド米国防長官が第一全体会合「テロとの戦いを越えた米国及びアジア太平洋地域の安全保障(The
US and Asia-Pacific Security beyond the War on Terrorism)」で講演し、また、第三全体会合「大量破壊兵器問題に対する外交政策と抑止政策(Responding
to WMD Challenges in the Asia-Pacific: Diplomacy and Deterrence)」では、我が国の大野功統防衛庁長官と韓国のユン・クァンウン(尹光雄/???)国防部長官が演説を行った。大野長官は、戦後60年を迎えて我が国が「平和を愛する国家(a
peace-loving nation)」という概念だけでなく、「平和を支える国家(a peace-supporting nation)」となることを述べている。続けて、昨年末に定めた「防衛計画の大綱(National
Defense Program Guidelines)」の中の専守防衛、日米同盟、国際平和協力活動を説明している。同長官は、最後の締めくくりの言葉として仏教の教えである「自利利他("JiRi-RiTa":
"Benefit others, and you will benefit from them also.")」を引用し、日本の防衛政策を説明した。筆者が最初にこの大野長官の講演資料を読んだ時、「ジリリタ」を漢字の「自利利他」だと即座には判断できなかった。しかし、今は素晴らしい言葉で総括されたと感心し、小誌前号で紹介した故高坂正堯京都大学教授の『国際摩擦:
大国日本の世渡り学』の中の言葉「政治の要諦は、自らの利益の追求を、できるだけ多くの他者の利益になる形で、いかにしておこなうかということになる。」を思い出していた。
4 ワシントン情報(1)国際関係は次のページに続きます。
前のページにもどる
|
|