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4. ワシントン情報 (1) 国際関係 つづきその2
「2005年IISSシャングリラ・ダイアローグ」では、日米中をはじめ関係諸国の高官は友好的な歓談を楽しんだであろう。が、そのままこの地域の平和が保障される程現実は甘くない。同会合でラムズフェルド国防長官が中国のミサイル配備に警戒している旨の発言をしたが、その直後の6月16日、米国を刺激するかのように、中国海軍が大連沖の黄海で新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)巨浪2型の発射実験を実施したとのニュースが入ってきた。数年後にはこのミサイルを装備した新型潜水艦が西太平洋に配備されるとなると、東アジアも随分物騒な世界となりそうである。加えて、中印両海軍が今年秋に合同演習を計画しているらしい。将来におけるアジアの平和と繁栄は極めて不安定としか筆者の目には映らない。因みに、ワシントンDCでは、6月15日に、AEIで「中国、台湾、そしてアジア: 経済が政治を変えるか? (China, Taiwan, and Asia: Is Economics Reshaping Politics?)」と題した会合が開催され、AEIのダニエル・ブルメンソール氏が司会者となり、国防大学(NDU)のフィリップ・サンダース氏等が討論を行っている。また、6月14日付『USニューズ&ワールド・レポート』誌に、外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース氏が、「中国に如何に対処するか(What to Do About China)」という小論を掲げ、米国は、朝鮮半島問題、台湾海峡問題、そして貿易摩擦で台頭する中国と対立コースを辿っていることを指摘し、中国の民主化の難しさにも触れて米中対立を懸念している。だが、同氏は最後に米中関係が冷戦状態になると、国内的・世界的に経済的利益と政治的安定性を失うと警告している。

朝鮮半島も動静把握が難しく、依然として目が離せない。周知の通り、ピョンヤン(平壤)での「6/15民族統一大祝典」後の17日、チョン・ドンヨン(鄭東泳)韓国統一相は、キム・ジョンイル(金正日)総書記とテドンガン(大同江)迎賓館で会談した際、総書記から6ヵ国協議に7月中にも復帰するとの発言を得たが総書記がどこまで本気かは誰も分かるまい。朝鮮半島問題に関しては、6月9日付電子版『イェール・グローバル』に、ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏が、「急募: 北朝鮮問題のロードマップ(Wanted: A Roadmap for North Korea)」を発表し、現在の核問題のみに集中しているアプローチ(nuclear-only approach)が狭すぎるとし、嘗てのベトナムに対して採ったように、交渉戦術を北朝鮮の経済・社会改革に対する協力まで広めるよう提言している。そうすることによって、もし北朝鮮がそれに応じなければ、逆に強硬戦術に転じた時にその有効性が増し、米国が「要求を高める(up the ante)」ことができるとしている。この中で、2003年8月に朝鮮半島和平担当特使を突然辞任し、同月26日に正式にブルッキングスに加わったチャールズ・プリチャード氏が、米朝二国間協議は6ヵ国協議を補完する点を主張しているが、そうした交渉方法よりも同氏の提唱する交渉アジェンダの方が重要と言っている点に興味が惹かれた。また、AEIのニコラス・エバーシュタット氏は、5月31日付「ネオコン」系『ウィークリー・スタンダード』誌に「脱北者を迎え入れよ(Bring Them Home)」と韓国政府に対し、脱北者に対する優遇措置の拡大を要求している。紙面の制約上、タイトルだけにとどめるが、朝鮮半島の核に関して2003年に『北朝鮮の核問題(Nuclear North Korea? A Debate on Strategies of Engagement)』を出版したダートマス・カレッジのディヴィッド・カン教授と国家安全保障会議(NSC)のヴィクター・チャ日本・朝鮮部長が『フォーリン・ポリシー』誌5/6月号に「再考朝鮮半島危機 (Think Again: The Korea Crisis)」を発表している。また、5月1日、『餓鬼―秘密にされた毛沢東中国の飢饉(Hungry Ghosts: Mao's Secret Famine)』(1998 (邦訳1999年))や『中国人(The Chinese)』(2002)等の著書でアジア通のジャーナリストとして知られるジャスパー・ベッカー氏が、『ならず者体制: キム・ジョンイルと北朝鮮の迫り来る脅威(Rogue Regime: Kim Jong Il and the Looming Threat of North Korea)』 (Oxford University Press)を出版している。

経済分野に目を転じても中国が「台風の目」となっている。6月は、欧州の事情に関する情報交換を多く持ったが、それでも、6月16日付『ディー・ツァイト』誌の「世界は中国になってしまうか?(Wird die Welt Chinesisch?)」の表題が示す如く、日米欧いずれの視点からも中国は関心の的である。記事の中では、北京大学光華管理学院の張維迎教授の発言「我々の使命は国際競争力である(≫Unsere Mission heist internationale Wettbewerbsfahigkeit≪)」を引用し、小誌昨年6月号で紹介したように、経済の低迷で「国際競争力」に過敏になっているドイツを刺激している。また、復旦大学の殷醒民教授は、「60%の中国人、8億人は未だ農村部に住んでおり、その中から毎年1千万人が都市へと移動する(60 Prozent der Chinesen, 800 Millionen Menschen, leben noch auf dem Land, zehn Millionen von ihnen ziehen jedes Jahr in die Stadt)。」という事実を指摘し、「都市化が需要を創造する(≫Urbanisierung schafft Nachfrage≪)」かたちで、中国の持続的成長を説明している。さて、6月10日、米商務省が発表した4月の貿易赤字は、季節調整値で570億ドル、調整前で601億ドルであり、調整前の主要国別赤字幅は中国が147億ドル、EUが118億ドル、日本が72億ドル、OPECが71億ドルである。特に、中国からの繊維製品輸入は年初からの累計で前年比52%増を記録し、中国との貿易摩擦は不可避の状況である。日米貿易摩擦では、日本バッシングの最右翼の一人であったクライド・プレストヴィッツ氏が『30億人の新たな資本家達(Three Billion New Capitalists: The Great Shift of Wealth and Power to the East)』(Basic Books)を、5月3日に出版した。同氏は、中国、インド、そしてロシアを含む旧東欧諸国の新たな資本家達が米国経済にとって脅威となるとでも言うのであろうか。1980年代後半、筆者はジョージ・ワシントン大学(GWU)のヘンリー・ナウ教授と共に東京で国際会議の準備をした経験がある。その時、米国にはマサチューセッツ工科大学(MIT)のリチャード・サミュエルズ教授、AEIのクロード・バーフィールド氏、カリフォルニア大学バークレー校(UCB)のマイケル・ボーラス氏、ケイトー研究所のウィリアム・ニスカネン所長に招待状を出した。生憎、ニスカネン所長は急病で来日できなくなり、ナウ教授がプレストヴィッツ氏を次の候補者として挙げたが、筆者は丁重に断わった記憶がある。誤解を招くことも厭わない覚悟で述べるなら、単に外国人だからといって、情報の質も考えずに我々が鵜呑みにするのは大変危険だと常々考えている。因みにプレストヴィッツ氏の著書に対する『エコノミスト』誌の書評も冷たい。参考までに、同誌が挙げたもう2冊の中国関連の文献を紹介すると、香港大学のマイケル・エンライト教授による『強力地域集団: 珠江デルタと中国の台頭 (Regional Powerhouse: The Greater Pearl River Delta and the Rise of China)』 (John Wiley)と、ロンドン・ビジネス・スクールのドナルド・サル教授による『メイド・イン・チャイナ: 猛烈な中国企業家から何を学ぶか (Made in China: What Western Managers Can Learn from Trailblazing Chinese Entrepeneurs)』 (Harvard Business School Press)である。このほか、紙面の制約上タイトルを指摘するだけにとどめるが、『フォーリン・ポリシー』電子版6月号にカーネギー国際平和財団(CEIP)の中国法律問題専門家ヴァーノン・ハン女史による「中国の海賊版に合法的に戦う方法(Fighting China's Pirates, Legally)」と、6月16日付『フィナンシャル・タイムズ』紙に本校のリカルド・ハウスマン教授が掲載した「中国は貯蓄率を低下させるべき(China Must Reduce Its Excessive Savings Rate)」は興味深い小論である。

さて、小誌5月号で、チャールズ・ウィルソンが、アイゼンハワー政権の国防長官就任直前、連邦議会上院軍事委員会で指名承認のため証言した際の有名な言葉「長年私は、我が国に良いことは、GMにも良いことであって、その逆も真であると考えていた。両者は一体である(For years I thought what was good for our country was good for General Motors, and vice versa. The difference did not exist.)。」を引用した。これをもじって、ブルッキングス研究所のグレッグ・イースターブルック氏が「GMに悪いことは・・・(What's Bad for G.M. Is . . .)」と題した小論を6月12日付『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載している。冒頭、同氏は、「さて、GMに悪いことがこの国に良いことであろうか(So, is what's bad for General Motors good for the country?)。」と問いかけ、続いて、「俗流経済学は、市場競争は小さいモノを押し潰すと考えるが、実際には、業界の『親分』が食われてしまうのである(Pop-culture economics assumes that competition crushes the little guy, but in practice it's often the big enchilada that gets eaten.)。」と解かり易く論を進めてくれる。すなわち、熾烈な国際競争こそが、製品の価格を下げ、製品の質を高め、消費者が市場競争の利益を享受することができることを同氏は明解に説明している。こうした質の高い情報を提供してくれる専門家にこそ我々は耳を傾けるべきであろう。
5. ワシントン情報 (2) 米国政治
日本の知人から、よく「米国はどう考えているのですか」、「米国はどう観てますか」と聞かれる時があり、戸惑う時がある。多くの知米家が語るように、米国という一つの視点は存在していないと言っても過言ではない。昨年の大統領選では、スザンヌ・バーガーMIT教授からジャーナリストが書いた本『カンサス州はどうしたの?: 保守派は如何に米国の心を掴んだのか (What's the Matter with Kansas? How Conservatives Won the Heart of America)』(Metropolitan Books, 2004)を教えて頂いた。6月14日付『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「次世代の保守派(それも寮一杯の) (Next Generation of Conservatives (By the Dormful))」と題し、フリードリッヒ・フォン・ハイエクの経済学を信じ、この夏、ヘリテージ財団の寮に寝泊りする若者達の生活と思想を描写している。こうしてみると、本当に米国政治は難しい。それは民主主義であるが故に様々な考え方の流れができるからであろう。考えてみれば日本もそうであろうし、先の質問に表面上簡単に答えられる国が存在するならば、それは恐らく中国ではないだろうか。

欧州情勢、それに我々の東アジア情勢を考えても、また、米国国内をみても本当に世の中は住みにくい。安全保障問題、歴史問題、経済問題とそれにまつわりつくナショナリズム。丁度一年前に訪れたパリで購入した夏目漱石の『草枕』の冒頭部分を思い出している。「智に働けば角が立つ。・・・ とかくに人の世は住みにくい (A user de son intelligence, on ne risque guere d'arrondir les angles. . . . Bref, il n'est pas commode de vivre sur la terre des hommes.)。」と。漱石も、人間がこの世のどこからも引越しすることもできず、逃げ出すこともできないことを悟った時、心をなごます芸術が生まれると教えているではないか。こうして、美しい音楽と絵画を思い浮かべながら自らを励ましている。小誌前号で筆者自身が"Cambridge Monk"と呼ばれたことを書いた。親しい友人から、「ところで、セロニアス・モンクはお好きですか。」とメールを頂いた。ケンブリッジに来てまだ聴いていないジャズのCDを思い出し、グラスを傾けながら、また爽やかな木洩れ日のなかで、静かにそれを聴いてみたい気持ちに駆られている。
以上
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