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3. ケンブリッジ情報 (2) 最近における研究活動の紹介 |
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夏休みに入った本学の活動は一服気味である。6月24日、本校にベトナムからファン・ヴァン・カイ首相が訪問されるので筆者も会合に誘われたが、生憎、ボストン出発の日と重なり、興味深い会合をまた逃すこととなった。6月26〜29日、ディヴィッド・エルウッド本校校長が日本を訪れる関係で、大阪と東京の公式日程すべてに同行する。26〜27日の大阪では関西経済同友会の方々と、27〜28日は、本校卒業生である塩崎恭久衆議院議員をはじめ本校卒業生の方々と会う機会を持つ。これについては機会があれば次号以降で報告したい。筆者自身は、現在、7月18日、ワシントンDCで、東京三菱銀行ワシントン駐在員事務所の竹中正治氏と共に講演する資料の作成と、夏の完成を予定している論文に集中しており、ケンブリッジ情報としての研究活動紹介は今回最小限にとどめる。まず、6月21日、本学ビジネス・スクール(HBS)と縁が深いビジネス・コンサルティング会社モニター・グループ英国支社のハリエット・エドモンズ女史が筆者のオフィスを訪れ、世界の起業家精神に関する調査を実施しているプロジェクトで如何に日本を捉えるかという点について議論した。同女史と彼女の同僚は、デンマーク、シンガポール、韓国、米国等の国における経営者個人の資質、財務戦略、税制、従業員の訓練制度等に関して各国比較を行っており、最近ロシアの調査を終えて、今回日本に対して取り組みたいとのことであった。筆者もこの調査には関心があり、できるだけ協力しようと考えている。また、同僚のフェチェリン氏は、デジタル著作権管理(Digital
Rights Management (DRM))の分野における専門家である。彼は、論文「現在の状況と、それを変革するDRMという戦略的推進役について」を、インドの研究者が編著者となった『デジタル著作権管理:
その概念と応用事例 (Digital Rights Management: Concepts and Applications)』(Le Magnus
University Press, 2005)の中に発表している。最後に、筆者もブレイン・ストームに参画した報告書を紹介する。ランド研究所の欧州支社(RAND
Europe)が、経済の低迷に苦しむドイツが今後どのような形で情報通信技術(ICT)を活用してゆくべきかという長期的な問題に関して報告書("Living
Tomorrow: Information and Communication Technology in Germany in 2015")を作成した。最新の情報通信技術を駆使して、ランドの研究者と電子メールと直接面談による情報交換で完成した報告書をどのようにドイツの人々は受取るであろうか。今後の反応が楽しみである。 |
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4. ワシントン情報 (1) 国際関係 |
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日中関係の難しさを語り合っている際、中国の友人に「お互いが『国ごと』引越しができたなら一度離れて冷却期間をおいて、また仲良くなれるかも知れないね。」と言ったことを思い出す。続けて、「中国が米国の辺りで、日本が欧州の近くに移れば良かったりして。」と冗談を言っていた。しかし、現実には、国は地理的に動けないし、また、たとえ日本が欧州に移ることができても、欧州憲法やEU首脳会談の推移からみて、日本が直面する国際関係の難しさはまったく変らない。周知の通り、5月27日、ドイツが欧州憲法を批准したが、2日後の29日にフランスで、また、6月1日にオランダで実施された国民投票で批准反対が多数派を占め、更には6日、英国が来春の国民投票を無期延期することを発表し、欧州政治は完全に混乱状態に陥っている。投票率が70%近くに達してフランス国民の関心の高さを示した国民投票直前、5月26日付『ル・ポアン』誌に掲載されたインタビュー記事「シモーヌ・ヴェイユの怒り(La
colere de Simone Veil)」を読んで、この初代欧州議会議長の強い懸念と危機感を肌で感じた次第である。アウシュビッツを生き抜き、そこで家族を失った経験を持つ同女史が独仏を基軸とするEUの重要性を説く姿勢に改めて感銘を受けた。しかしながら、彼女の熱い語りかけも空しく仏国民は「ノン」と否定的な決断を下した。6月2日付『エコノミスト』誌はフランスに対して手厳しい。小誌昨年1月号で紹介した通り、2003年12月18日付同誌は「誰が欧州憲法を抹殺したか(Who
Killed the Constitution?)」と題してシラク大統領を批判した。今度は、それ以上の辛辣な表題「シラク、愚か者(It's Chirac,
stupid)」で、格調高い英語で評判の同誌が仏大統領を批判している。その中で、フランスのリーダーはグローバル経済から孤立して同国の伝統的社会モデルを維持するか、それともグローバル経済から孤立できないことを認めるかの二者択一に迫られていると同誌は主張する。続けて、1995年大統領就任時、雇用を最優先課題としながら、失業率が逆に上昇している点を指摘し、「フランスの問題の根源は、欧州でもなく、グローバル・キャピタリズムでもなく、反抗的な社会主義者でもなく、極右勢力でもない。それはシラク氏自身だ。」と痛烈である。最後は、ドゴール大統領が1969年の国民投票に失敗した際、潔く辞任した例を引き合いにだして、同大統領の辞任を迫っている。シラク大統領は国民投票の結果を受けて、ジャン=ピェール・ラファラン首相を更迭し、ドミニク・ドゥヴィルパン内相を首相に任命した。6月1日付『ワシントン・ポスト』紙が、「イラク戦争時の敵が仏首相に任命される(Iraq
War Foe Named New French Premier)」と冷淡な表題でフランスの新首相任命を伝えるなか、同日の『ル・フィガロ』紙は、「ドゥヴィルパン氏、国民の信頼回復に百日を自らに課す(Villepin
≪se donne 100 jours≫ pour convaincre)」と題し、新首相の決意を伝えている。同首相は、保守与党の国民運動連合(Union
pour la Majorite Presidentielle (UMP))のニコラ・サルコジ党首との団結力を強調しているが、筆者の周りにいる欧州の友人の多くは信じてはいない。また、6月14日付『ル・モンド』紙は、記事「ジャン=ルイ・ボルロー雇用・社会結束・住宅相、対個人サービス分野の雇用を3年間で50万人創出することに賭ける(M.
Borloo parie sur la creation de 500 000 emplois de services a la personne)」を掲載したが、その記事を読んでいると同国経済の硬直性と雇用創出の難しさを改めて感じる。
仏蘭両国の国民投票を固唾を呑んで見守っていたのがドイツである。5月31日付『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』紙は、「EU諸国:
ドミノ効果来たるか? (EU-Verfassung: Kommt jetzt der Domino-Effekt?)」と題し、憲法問題及び16〜17日開催のEU首脳会議に対する不安を分析し、フランスの国民投票の結果自体はEUの制度にかかわる危機を生じさせないとしている。しかしながら、この国民投票はそれよりももっと根深い問題、すなわち、政治的・心理的次元での危機を招き、一般市民はエリートに対する不信感をつのらせ、ますます懐疑的になっていることを指摘している。一般市民のエリートに対する反発に関しては、6月1日付『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事「仏蘭否決国民投票:
怒りの広がり(2 'No' Votes in Europe: The Anger Spreads)」と、6月2日付『ディー・ツァイト』誌の記事「エリートに押し寄せる地滑り的大変化(Erdrutsch
gegen die Eliten)」が詳しく報じていて興味深い。特に、前者は、2003年に『フランス崩壊(La France qui tombe:
Un constat clinique du declin francais)』を著した右派の異色評論家で、小誌昨年3月号でも触れたニコラ・バヴレ氏による最近の発言「反乱、民衆の一斉蜂起(an
insurrection, a democratic intifada)」を引用しており、この記事が逆に欧州の友人の間で議論の的となっている。
エリート中のエリートとして行政大学院(Ecole nationale d'administration (ENA))で教育を受け、外交官であり、詩人であり、また歴史家でもある51歳のドゥヴィルパン氏は、フランスのエスプリの権化みたいな人物である。およそ1年前の2004年4月22日、『ル・モンド』紙に掲載された同氏のインタビュー記事を読んだが、その中で、同氏は尊敬している人としてフランスの政治家アリスティード・ブリアンを挙げている。ブリアンは、1928年、外相として当時のフランク・ケロッグ米国務長官と共に、パリで「ケロッグ=ブリアン不戦条約(the
Kellogg-Briand Pact/the Pact of Paris)」を成立させた。尊敬するブリアンと同様に新首相は米国と友好的な外交関係を形づくることができるかどうか、新首相の独創性に期待したい。ドゥヴィルパン首相は、2003年に編著書として『(米国支配の現在とは異なる)別の世界(Un
autre monde)』を、昨年は、著書として『鮫と鴎(Le requin et la mouette)』を出版している。さすが同首相はエスプリの精神を具えたフランス・エリートだと感じたのは、タイトルの付け方である。当然のことながら、批評家達は、獰猛で冷血な「鮫」が米国を、優しい鳥である「鴎」がフランスを示す比喩だと単純に推測しがちである。それを見越して、その単純な推測をさらりとかわすかのように、詩人ルネ・シャーの詩のタイトルから借りてきていると仏文学に通じた人にだけ分かるようにしているところが心憎い。だが、同首相は、「鮫」は勇ましい米国で「鴎」は優しいフランスであるとどうしても言いたいがため、男性名詞の「鮫」と女性名詞の「鴎」を対比したこのタイトルを選んだ感がある。正しく、くやしくなるぐらい「キザ」でエレガントにひねったタイトルの付け方と感心した次第である。因みに、筆者自身、原典を探そうと本学図書館で検索したところ、シャーの本が118冊もあることを知った。どの本の中にこの詩があるのか自分で探すには時間的制約上断念し、フランスの友人に聞くのが最短の道と思っている。
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