福澤諭吉著作集 第五巻 学問之独立 慶應義塾之記 山内慶太(慶應義塾大学看護医療学部助教授) |
慶應義塾に学んだ人は誰でも、「実学」「自我作古」「半学半教」「気品の泉源、智徳の模範」等の、いわば慶應キーワードとも言うべき言葉を一度は耳にしたことがあるであろう。しかし、福澤先生がこれらの言葉にどのような思いを込め、どのように社中の人達に語りかけたのか、案外知られていないように思われる。 例えば「気品の泉源、智徳の模範」は、今日「慶應義塾の目的」と称される「慶應義塾は単に一所の学塾として自ら甘んずるを得ず。その目的は我が日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、(中略)全社会の先導者たらんことを欲する者なり」という書幅の一節として知られるが、もともとは、明治二十九年十一月、芝紅葉館に築地鉄砲洲、芝新銭座時代の、義塾草創期の出身者を集めて開かれた懐旧会での演説において述べられた言葉である。懐旧会を報じた時事新報の記事によれば、かつて鉄砲洲、新銭座近傍の夜店で食べた蕎麦や菓子も用意されて和やかな会であったようである。その席で先生は、義塾の来歴を振り返った上で、「我党の士に於て特に重んずる所は人生の気品に在」り、その気品、義塾に「充満する空気」を維持して次の世代に引き継ぐことは「吾々先輩の責任」であると述べた。前述の「慶應義塾の目的」の一節はこれに続くのであるが、演説では結びが「恰も遺言の如くにして之を諸君に嘱託するものなり」とあって、先生が「慶應義塾の目的」の一節に込めた願いが如何に強いものであったかを知ることができる。 この演説には、早世した塾の人達の名を挙げるくだりもある。その中に馬場辰猪の名もあるのだが、実は、この懐旧会の翌日には、馬場辰猪の八周年祭が開かれている。馬場は、義塾で学んだ後、英国で七年間法律を学んだ。しかし帰国後その経歴を生かして実業界や官界に入ることはせず、生涯を在野の民権家として活動した人である。この馬場辰猪の八周年祭に当たっての先生の追弔詞を見ると、ここでも「吾々が特に君に重きを置て忘るゝこと能わざる所のものは、その気風品格の高尚なるに在り」と述べ、更に、慶應義塾の「後進生の亀鑑に供するものなり」と述べている。おそらく、懐旧会での先生の胸には、馬場をはじめとする人達を回想して去来するものがあったに違いない。他に名の挙がった小幡仁三郎、和田義郎、小泉信吉らについても、それぞれに向けて書かれた追悼文があり、それらもまた、先生が述べた「気品」や「独立」の生き方とは何か、義塾の後進にどのような生き方を期待したのか、を考える上で多くの示唆を与えてくれる。 先生が塾の気風・気品の維持をかくも切実に願ったその理由は何か。それは、塾の教育が「気品」と独立心の涵養を重んじており、「先進後進相接して無形の間に伝播する感化」が重要な役割を果たすことを強く認識していたからである。だからこそ、塾生に対しても、その気風をより確かにするために、熱心に語りかけた。その一端は、塾生に対する数多くの訓話・演説からもうかがわれる。例えば、「独立の大義」と題する、卒業する塾生に向けた演説において、「諸君は久しく本塾の気風に養われて独立の義を知る者」とした上で、その独立の生き方とは何かを説明している。 この例からもわかるように、それぞれの慶應キーワード"に込められた先生の思いやその背景を汲み取るためには、先生の主著だけでなく、演説や書簡等の様々な資料に触れる必要がある。しかし、全二十二巻の『福澤諭吉全集』に収められた膨大な著述の中からそれらを選びだし、読みとることはなかなか難しい。義塾の教育の在り方を説いた先生の著述をまとめたものには、昭和十二年に富田正文、宮崎友愛両氏によって編まれた『福澤文選』と、普通部が一昨年より毎年卒業生に記念に渡すために作成した、普通部教諭大久保忠宗君らの労作『福澤諭吉文撰』があるが、前者は絶版になって久しく、後者は一般に頒布されていないため、入手は困難である。また、以前に岩波書店から刊行された新・旧『福澤諭吉選集』にも教育論をまとめた巻はあったが、いずれも一般的な教育論が中心であったから、義塾の教育に関しての著述は十分には収められていなかった。 このような中で、慶應義塾大学出版会から刊行中の『福澤諭吉著作集』の一冊として、教育論をまとめた第五巻が昨年十一月に発行された。私は西川俊作氏と共にこの巻の編集を担当する機会に恵まれたが、編集に当たっては特に、慶應義塾を一つの軸にとることにした。生涯教育者であり続けた先生の教育論は、まさに慶應義塾を舞台に展開され、慶應義塾における実践においてこそ明確に表れているからである。その観点から、義塾の基本的な文書に加えて、塾生に向けた演説、関連する書簡、早世した門下生への弔詞等も収めることにした。ここで述べてきた「気品の泉源、智徳の模範」をめぐる一連の著述も含めて、全部で六十の著述は次の構成で収められている。 第T部 慶應義塾 慶應義塾の命名 慶應義塾の改革と維持 一貫教育体制の確立 演説事始め 教育の基本方針 社中への呼びかけ 塾生に対する訓話 門下の早世を悼む 第U部 学問と教育 学問の独立 学者の志操と矜持 教育論 家庭教育 専門教育 学校教育の独立 社会教育 本巻は読者それぞれの問題意識に従って読み広げることもできるし、勿論興味を覚えるところから自由に拾い読みしても良い。塾生への演説等を通して、先生在世中の三田の雰囲気を思い描くだけでも楽しいことであろうが、そのことは同時に、私達が塾での生活の中で無意識のうちに体感してきた、塾の気風の奥底にある理念とその意味を原点に立ち返って再確認することでもある。それがまた、塾の気風を形骸化させることなく、次の世代に引き継ぐという「責任」を果たすことにもなるのであろう。 (三田評論 2003年5月号より転載)PDFでもご覧いただけます。 |
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