| 「福澤諭吉著作集」全12巻完結 西川俊作(『福澤諭吉著作集』編集委員) |
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| 慶應義塾大学出版会から、昨年一月の『学問のすゝめ』を皮切りに、隔月刊行を続けてきた『福澤諭吉著作集』全12巻の出版が、先月なかばの『福翁自伝・福澤全集緒言』をもって予定どおりに終わった。当初からこのプロジェクトに参画してきた者としては肩の荷が下りてホッとした思いを味わっているが、個人的な感想はさておき、この機会に「福澤屋諭吉」に始まる先生の著訳書の出版者、あるいは出版社の歩みを振り返ってみたい。それは「福澤屋諭吉」、慶應義塾出版社(はじめ出版局)、さらに時事新報社へと移り変わってきているのである。 先生の処女出版は『西洋事情』(初編)三冊である。これは慶應二(一八六六)年に尚古堂岡田屋嘉七から刊行された。この本はさしずめ先頭打者ホームランのような大ヒットで、上方では海賊版が出るほどであった。しかし版権の観念は未熟で、海賊版の差し止めもままならず、収益はおおむね出版者に帰属し、著訳者にはその酬いがなかった、というのが当時の状況であった。先生は維新と同時に幕府外国方の職を辞し、やがて中津藩からの扶持米も辞退して平民諭吉となり、筆一本で活計をたてることになったので、明治二年十一月(陰暦)に「福澤屋諭吉」と名乗って書物問屋仲間に加入し、出版業の自営に踏み切られたのである。それはまったく思い切った決断であり、今日流行の言葉を使えば、まさに「起業」というのにふさわしい企てであった。 その後、明治五年八月には東京書林組合に福澤諭吉として加入したが、出版そのものは慶應義塾出版社からとしたのである。この時、まだ会社法も無く、「法人」という観念も確立していなかった結果であろう。だが、いまでも出版物の奥付を見れば、発行者は個人または企業代表者名義で、会社は発行所になっている。早い話、当『著作集』の場合、発行者・坂上弘(社長)、発行所・慶應義塾大学出版会株式会社となっている。著者は言うまでもなく福澤先生であるが、現行の著作権法では、著作権は著者の没後五十年で消滅する。したがって先生のご子孫に印税は支払われない。おかげで出版会も思い切ってこの『著作集』の出版ができたわけであるから、先生の余徳はいまなお大きいと言わなくてはならない。 ところで、明治十二、三年頃のものと思われる慶應義塾出版社の出版目録がある。それを見ると、『西洋事情』(慶應二年)から『通貨論』(明治十一[一八七八]年)までの間に出版された、およそ三十点の福澤本が載っている。このうち目ぼしいものは、今回の『著作集』の第1巻から第7巻に次に見るとおり収録されている(なお、『西洋事情』の初編・外編の版木〈版権〉は先生が尚古堂から買い取られたのであろう)。 第1巻 西洋事情 第2巻 窮理図解・世界国尽・童蒙教草・文字之教 第3巻 学問のすゝめ 第4巻 文明論之概略 第5巻 学者安心論・学問之独立 第6巻 民情一新・民間経済録・通貨論・実業論 第7巻 分権論・通俗国権論・通俗民権論 ただし、明治十四年以降の著作でもそのテーマからして第5、6巻に収録されているものもある。第5巻の『学問之独立』(明治十六[一八八三]年)、第6巻の『実業論』(明治二十六年)などはその例である。 明治十五年に先生は『時事新報』を創刊、はじめ(三月一日から)それは慶應義塾出版社から発行されたが、やがて同社を発展的に解消して時事新報社とし、社屋を三田山上から日本橋に移した。社長は甥の中上川彦次郎とし、塾員若干名が記者・職員を務め、先生は表に立たれなかったが、しかし事実上Owner-Editorであったことは読者もよく知るところで、先生は社説(ときには雑報、漫言)に筆を振るわれたのである。社説のうち長文で新聞紙上に連載されたものは、連載終了後に時事新報社から単行本として出版されるのが通例になり、また『福翁百話』や『福翁自伝』も一旦は新報紙に連載された。 第8巻以降の各巻に収録されている十四年以降の著作は左のとおりである(なお、第5〜9巻には『時事新報』に掲載された社説・演説も少なからず収録されている)。 第8巻 時事小言・通俗外交論 第9巻 旧藩情・丁丑公論・瘠我慢の説・帝室論・尊王論 第10巻 日本婦人論・日本男子論・男女交際論・福澤先生浮世談・女大学評論・新女大学 第11巻 福翁百話 第12巻 福翁自伝・福澤全集緒言 『全集緒言』が最終巻に収録されているのはいささか奇異に見える。だが、これは明治三十一(一八九八)年に時事新報社から出版された五巻本の『福澤全集』のために先生が記された緒言であって、先生による「自著解説」というべきものなので、当巻に収めることになった。ただしそこで先生は、この『著作集』でいうと第7巻からあとの著作については多くを述べておられない。実は『福翁自伝』でも、前半生については生彩に富むストーリが語られているけれども、後半生に関してはあっさりとしか語っておられない。先生が言い残され、後世に託されたことはなにか、それについては第12巻の解説で、担当の松崎欣一さんが立派な解説を与えておられる。 どの巻にも解説のほか、各ページに語注が添えられ、そこには近年における福澤研究の成果も盛り込まれていて、皆さんが『著作集』に親しむ助けになるはずである。 (三田評論12月号より転載) PDFでもご覧になれます。 |
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