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Saving Capitalism from the Capitalists:Unleashing the Power of Financial Markets to Create Wealth and Spread Opportunity
Unleashing the Power of Financial Markets to Create Wealth and Spread Opportunity
Raghuram G.Rajan and Luigi Zingales
ラグラム・ラジャン/ルイジ・ジンガレス著 堀内昭義/アブレウ聖子/有岡律子/関村正悟訳
ISBN:4-7664-1168-4 A5判上製 496頁 定価 3,675円  慶應義塾大学出版会発行
セイヴィング キャピタリズム

本書のメッセージは、およそ経済人必読である。
チャーチル元英首相が「民主主義は最悪の政治制度だ」といったのと同じ意味で、「資本主義は最悪の経済制度だ」といえる。しかし、人類はそれよりもよい制度を発見できていない以上、それを放擲することはできない。民主主義を守る必要があると同様に、資本主義は守られなければならない。
                                      池尾和人 慶應義塾大学教授 
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 訳者あとがき                                      堀内昭義



 大多数の経済学者は、競争的市場経済が効率的な資源配分の達成に有効に機能すると考えている。実際、20世紀私たちの経験は、経済学者のこの認識を支持している。すなわち、競争的な市場経済のメカニズムを抑圧し、何らかの形で市場競争をコントロールしようとした社会は、競争的市場を育成することに努力してきた社会に比較して、劣った実績しか上げることができなかったのである。競争的な市場経済のメカニズムを根本的に否定する社会経済システムを立ち上げた国々のほとんども、20世紀の末には、多かれ少なかれ市場メカニズムを導入し始め、次第にその比重を高めようとしている。
 一部の経済学者は最近のこうした経験から、ほとんど手放しで市場を礼賛し、市場メカニズムを導入しさえすれば、多くの経済的問題がたちどころに氷解するかのような議論を展開している。さらに、個々の企業や消費者、投資家や貯蓄者、金融機関の自由な経済行動を許しさえすれば、市場メカニズムは自ずと形成され、発展すると考える経済学者もいる。本書は、競争的市場経済の有効性を高く評価する一方で、手放しで市場経済を礼賛したり、あるいは市場経済の自生的発展について楽観的な見通しを持ったりする人々のナイーブさを批判する、警告の書である。

 市場経済は政府の支援なしには機能しない
 本書の最も重要な論点は、第一に、競争的な市場経済が自生的には発展しないというものである。本書のなかで著者たちが繰り返し強調しているように、市場経済は政治的には非常に脆弱な基盤に立脚している。市場経済で成功し、富を蓄積した人々は、市場経済を自分たちの都合に合わせてコントロールしようとするインセンティブを持つ。本書は、こうした人々を「既得権者」と呼んでいるが、この既得権者が政治的な力を発揮することによって、市場経済のメリットを雲散霧消させるような政策を導入し、結果的には市場経済の動きをゆがめ、その活力や発展性を奪うことになる。本書のオリジナルのタイトルは「資本主義を資本家から守る(Saving Capitalism from the Capitalists)」であるが、この資本家とは、競争的市場経済を抑圧したいと常にうごめいている既得権者のことなのである。したがって、本書は、市場経済が円滑に機能するための政治的背景、制度的なインフラストラクチャーの準備を強調する。市場経済を政治的に頑健にする努力は、まさに公共的な仕事であり、その意味では「自由な市場経済を維持するために、政府はなすべきことがある」のである。

 競争の敗者に十分な配慮を
 本書の重要な論点の第二は、市場競争における「敗者」に思いを致せということである。市場競争は、当然のことながら、勝者を生み出すとともに、敗者をも生み出す。敗者は市場経済の厳しい変化に対応できず、そのために市場における立場を失ってしまった事業者や、職場において自分の居場所を失ってしまった勤労者、労働者たちである。本書が強調しているのは、これら市場競争の敗者たちが、しばしば市場経済のメリットを否定する運動の核となり、先に述べた既得権者たちと同盟して、競争的市場経済の抑圧の政治的運動を作り出すということである。したがって、競争的市場経済を持続可能なものとするためには、市場競争の敗者たちが「救済される」仕組みを準備することが必要である。

 本書が提言する政策はどこまで有効か
 しかし競争的市場経済にあって、競争の敗者を救済する仕組みなど、ありうるのだろうか。競争のメリットは、それに敗北した者は憂き目を見るという冷徹な原則に立脚しており、であるからこそ人々は勝者になろうと努力するはずである。敗者が救済されるというのであれば、そのような競争のメリットは消失してしまわないか。さらに、市場経済における敗者を救済するという名目の下でさまざまな形で導入された公共的な施策は(本書でも適切に指摘されているように)、敗者の救済以上に、既得権者の利益増進につながる傾向があるのではないか。
 したがって、競争的市場経済において、競争に敗れた人々を救済することは非常に微妙で、難しい政策問題なのである。単純に市場競争を礼賛する論者であれば、せいぜい個人の自己責任原則の重要性を強調して、このような問題に深入りしないで済ませてしまうところであろう。しかし本書では、この難問に正面から取り組んでいる。ここに市場メカニズムをいかに活用するかという問題に対する著者たちの真摯な姿勢を読み取ることができる。著者たちの政策提言(第13章にまとめられている)は決して難解ではなく、標準的な経済学に基づいて容易に理解できる。しかし、それが十分に説得力を持つかどうかは、読者諸賢の判断に委ねたい。

 日本経済への教訓
 以上、競争的市場経済を支えるための政策という観点から、本書の論点を要約した。しかし、そのような政策問題を抜きにしても、本書は読むものにとって活き活きとした知的冒険を味わわせてくれる。資本主義の勃興、市場経済の台頭と低迷に関する歴史的叙述は、所有権という概念を鍵として展開されており、最先端の経済理論のきわめて大胆な(しかし十分に説得力を持つ)応用になっている。読者は、本書の歴史的解説を読み進むことによって、知らず知らずに経済学の最先端に触れることもできるのである。
 本書は、とりわけ、日本の読者にとって重要な意味を含んでいる。それは本書が競争的市場経済に対し、それと競合する資本主義システムとして、取引関係や縁故関係を基盤とする「リレーションシップ資本主義」を対置し、その典型として第二次大戦後の日本経済を批判的に論じている(第11章)からである。本書は、リレーションシップ・システムが結局は既得権者たちの支配する非競争的市場経済に堕し、競争的市場がもたらすダイナミズムや活力を失う宿命にあると論じている。本書の議論が正しいとするならば、私たちは頑健な競争的市場を支えるための制度的インフラの構築に、これまで以上に力を傾けなければならないし、本書が提示する敗者支援の政策的課題に真摯に取り組まなければならない。もちろん、本章のこの側面に関する議論には異論の余地も十分にありうる。たとえば本書は、リレーションシップの仕組みと市場競争が両立しないという確定的な証拠を示しているわけではない。ある種の分野では、自由な競争の仕組みを有効に機能させるために、リレーションシップが必要であり続けるかもしれないとも考えられる。しかしいずれにしても、本書は日本の経済社会の行く末を真剣に考えようとする人々に、思考の手がかりや知的刺激を与えてくれる。
『訳者あとがき』 443頁から446頁より抜粋
  
 推薦文
 「市場とは効率的であり、だからこそ市場システムが普及するのだというのを当然のこととするのが経済学者の常である。ラジャンとジンガルズは自由市場について――とりわけ、自由金融市場が多くの利点を持つにもかかわらず様々な敵に脅かされ続けており、絶えず戦い続けなければならないことについて、素晴らしい議論を展開している。ラジャンとジンガルズの論法は、洗練されていながら単純明快で説得力がある。本書は多くの読者を得るに相応しい本であり、これによって資本主義システムがより安全になるだろうと言っても過言ではない。」
                                オリヴァー・ハート
                                ハーバード大学経済学部教授
 推薦文
 「本書は資本主義システムに関する革新的で示唆に富む分析である。ラジャンとジンガルズは、資本主義によって発生した機会の拡大に金融市場は欠かせないものであると論ずる。我々はここ数十年、ビジネス実務における自由金融市場の効果、すなわち全ての人々を利する革新的変化が始まるのをみてきた。このタイムリーに世に出た本において、著者は、金融市場がいかに政治的に脆弱であるか指摘し、現代の経済がいかにしてサポート体制を築き得るかについて、貴重な示唆を与えている。本書は、思考する経営者の必読書であり、実際のところ、資本主義システムの未来を憂える全ての人々のための本である。」
                        ラジャ・グプタ
                        マッキンゼー・アンド・カンパニー マネジング・ディレクター
 


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