慶應義塾機関誌

 三田評論
  明治31年3月創刊(毎月1回1日発行)
   発行:慶應義塾 編集人:慶應義塾広報室長 編集・制作:慶應義塾大学出版会

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  慶應義塾史跡めぐり    
     
  第51回    
 

天現寺界隈、そして幼稚舎

 
 
 
     
  加藤三明(慶應義塾幼稚舎長)  
     
 

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 現在、幼稚舎は天現寺交差点の東南角にあり、正門や本館は渋谷区恵比寿2-35-1、グラウンドの自尊館と小体育館を結んだ線が区界となっており、自尊館や新館21、新体育館、理科園は港区白金五丁目に属している。天現寺の交差点では、渋谷方面から流れる古川(これより上流は渋谷川と呼ぶ)と青山方面から流れ今は暗渠になっている笄川(こうがいがわ)が合流している。歩道橋の上から古川を見ると、広尾方面にトンネル入り口を見ることができるが、これが笄川の跡である。

 

 

狸蕎麦の広尾別邸

  江戸時代、この地は朱引(幕府が定めた江戸の範囲)内で、墨引(町奉行の支配下)にもぎりぎり入っているが、江戸の外れと考えていい。『御府内沿革図書』という江戸後期の地図には、幼稚舎の渋谷区の部分は「下渋谷村、下豊沢村入会広尾原」と、港区の部分は「白金村」と記されている。『江戸名所図会』には「広尾原」「広尾水車」があり、絵で往時の様子をうかがうことができる。

  『尾張屋版江戸切絵図 目黒白金辺図』には、幼稚舎から東へ200メートル程の場所に「狸蕎麦」という記述がある。ここに今でも「狸橋」という古川に架かる橋があるが、一時は福澤先生が所有していた。今ここに「狸橋の由来」という碑が立ち、「むかし、橋の南西にそば屋があって子どもを背負い手拭をかぶったおかみさんにそばを売ると、そのお金が、翌朝は木の葉になったといいます。麻布七ふしぎの一つで、狸そばと呼んだのが、地名から橋の名になりました。ほかに、江戸城中で討たれた狸の塚があったからともいっています。」と書かれている。

 福澤先生は好んでこの辺りに散歩に来られ、明治九年長沼村小川武平に狸蕎麦で面会するなど、よくこの狸蕎麦にそばを食べに来ていた。そして、田園風景が残るこの辺りが気に入ったと見えて、明治12年、狸蕎麦、すなわち現幼稚舎の港区部分の土地を購入されて別荘を建て、狸蕎麦の別荘、後に広尾別邸と呼ばれるようになった。

 

湧水の池と二つの水車

 明治7年、三田山上で和田義郎先生が慶應義塾の年少者を自宅に集めて塾を開いた。これが幼稚舎の前身である。そして、和田先生は、現幼稚舎の対角に当たる田んぼ(現在の都営アパートのある辺り)を購入し、その一部に池(プール)を作って、そこで幼稚舎生を泳がせたという。

 広尾別邸は、湧水の池がある広大な日本庭園があったため、多人数の集会や園遊会、春秋の同窓会に度々利用された。とりわけ先生没後の明治38年11月5日には、日露戦争勝利を記念して東郷大将、片岡、上村、出羽の三中将を招き、慶應義塾同窓会が開催された。幼稚舎生300人が日の丸の旗を持って玄関で迎え、陸軍音楽隊が音楽を奏し、大学生が銃剣術を披露し、多くの模擬店が出店するなど賑々しく行われた。

 

湧き水の池と二つの水車

 

 

 

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2015年8・9月合併号掲載

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2015年3月号掲載

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2014年8・9月号掲載

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2013年10月号掲載

第82回
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──空気はよし風俗は朴素なり


2013年8・9月号掲載

第81回
みちのくの史跡を訪ねて
──能代・弘前・木造


2013年7月号掲載

第80回
紀州和歌山と義塾の洋学


2013年6月号掲載

第79回
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2013年5月号掲載

第78回
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