教育と医学

子どもの育ちを
教育・心理・医学から探る

特集にあたって2019年7・8月

「切れ目ない支援」に向けて

黒木俊秀

 二〇〇五年四月に発達障害者支援法が施行され、それまで「制度の谷間」と呼ばれた発達障害者に対する公的支援がようやく始まった。その後、障害者基本法の改正(二〇一一年)や障害者差別解消法の施行(二〇一六年)を受けて、二〇一六年に改正された。改正された発達障害者支援法では、「発達障害者が基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう」、その支援は、「社会的障壁の除去に資することを旨として」、個々の特性や生活の実態に応じて、保健医療、福祉、教育、産業各分野の関係機関・団体相互の緊密な連携の下に、「その意思決定の支援に配慮しつつ、切れ目なく行われなければならない」ことが明記された。

 こうした法制度の整備により、都道府県及び指定都市には複数の発達障害者支援センターが設置され、関係機関の課題共有と連携強化のために発達障害者支援地域協議会が設置されるようになった。こうして比較的短期間にわが国の発達障害者の支援体制は充実してきたように見える。以前なら、地域において発達障害児を早期に発見しても、その後を支援する手立てがあるのかという議論もあったが、少なくとも幼少期においては早期発見と早期介入の連結が可能となりつつある。ただ、乳幼児期から学童期を経て、思春期・青年期、成人期に至るまで、生涯発達の軸に沿って切れ目なく発達障害支援は提供されなければならない。果たして切れ目のない支援が十分になされているだろうか。その疑問から本特集の企画に至った次第である。

 井澤信三は、教育現場における発達障害支援の現状と課題を総括し、今後のユニバーサル的/個別的な支援のあり方について論じる。また、木谷秀勝は、生涯発達の視点から発達障害児・者の抱える様々な問題を心理アセスメントにより四つの側面から分析することが切れ目ない支援を提供する上で重要であることを強調する。さらに、小島道生は、特別支援教育において発達障害児のセルフアドボカシースキルに焦点を当てた支援を示す。

 次いで、黒田美保が、早期発見につながる乳幼児期・小児期の最新のアセスメント、また、川上ちひろが、思春期特有の問題に悩む発達障害児・者に対する支援を紹介する。別府哲が解説するように、発達障害児が成長とともに自分と他人をどのように認識してゆくかを理解することは支援に役立つであろう。さらに、特別支援教育専門の作業療法士である鴨下賢一による生活動作の教え方やオプトメトリスト(検眼士)の北出勝也が推奨する視覚機能トレーニングなどは、今すぐにでも実践できるかもしれない。

 繰り返しになるが、改正された発達障害者支援法がその理念に掲げる切れ目ない支援とは、乳幼児期から高齢期に至るまでの連続した支援を指すとともに、保健医療、福祉、教育、産業各分野の支援者相互の切れ目ない連携も意味している。本特集が様々な分野の専門家の執筆により構成されている理由もそこにある。

執筆者紹介:黒木 俊秀(くろき としひで)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。精神科医、臨床心理士。医学博士。専門は臨床精神医学、臨床心理学。九州大学医学部卒業。九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野准教授、肥前精神医療センター臨床研究部長・医師養成研修センター長などを経て現職。著書に『現代うつ病の臨床』(共編著、創元社、二〇〇九年)、『発達障害の疑問に答える』(編著、慶應義塾大学出版会、二〇一五年)など。

編集後記2019年7・8月

 一人ひとりの子どもの特徴をよく配慮した教育や養育のあり方を追求することは、大人たちの大切な役割である。ときに教育を、国や社会、大人たちにとって都合の良い人間を作っていくための道具のように考えている言説に触れることもあって、不安を覚えることもあるが、それでも、市井の人々の言動を見聞する限り、子どもが自分の夢を叶えるために頑張る姿を見たいと願い、応援する大人たちが大多数を占めているようである。

 一人ひとりの子どもには多様な個性があって、ときにそれは周囲の子どもたちとは異なる特性であることも多い。その特性が、社会的に見て不利なものであるとき、親としては切ないほどに「他の子たちと同じであって欲しい」と願うものである。しかし、そう願っても、我が子の中に他の子とは異なる特性がはっきりと認識できるようになると、「なぜこの子は変わっているのだろう」と疑問を持つようになり、その答えを求めるようになる。そして、発達障害の診断が下ると、「そうか、自分が感じていた違和感は、この子が発達障害だからなのか」と納得して、不協和音が続いていた心の中は落ち着きを取り戻していく。

 ただ、ここから先が大事だろう。診断結果はあくまでも、子どもの特性をより深く理解して、生きにくさを感じることの多い子どもの成長をより円滑で豊かなものへと導くことに生かすためにある。しかし、診断結果は、子どもの成長を捉えるときのネガティブなフレームワークとして機能してしまうことも多い。ことあるごとに、「発達障害だから」と自分に言い聞かせ、そうした目で子どもを見てしまうことになったのでは、意味がない。発達障害とひとくくりにまとめて見るのではなく、一人ひとりの子どもの特徴をより的確に捉え、その子の個性を強みにできる生き方はないか模索し、その成長と発達をより前向きなものに導くために、より深く障害の特性を理解する姿勢を大事にしたい。

(山口裕幸)

<< 前の号へ

次の号へ >>