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連載

The Cambrige Gazette


グローバル時代における知的武者修行を目指す若人に贈る
栗原航海(後悔)日誌@Harvard

『ケンブリッジ・ガゼット:Lessons Learned』

第11号(2007年4月)
 

 

■ 目次 ■

 

「ヒト」とリーダーシップ


栗林中将の話に戻りますと、同中将は米軍に対しゲゼルシャフト的に対応した「ヒト」だと考えます。繰り返しになりますが、本来、欧米的と合理的とは独立した概念です。しかし、当時の日本軍という「組織」は多分にゲマインシャフト的で、更には敗戦直前、「神国日本」と叫ぶだけの軍人も多く、彼等と栗林中将が対立したために一部の人々には新鮮に思えたのでしょう。従って映画でも描かれたように栗林中将の合理性が、当時のゲマインシャフト的価値観に固執する高級将校の反発を招いたことも事実なのでしょう。そこで次の3点について考えてみたいと思います。

@厳しい状況―栗林中将は、圧倒的な物量を背景に人命を大切して無理はしないという合理的な作戦を行う米軍に対して、徹底した合理的な戦闘しか道は無かった。換言すれば情緒的な戦い方をする余裕はまったく無く、もし、栗林中将が「バンザイ突撃」のような行動を採れば、米軍の計画通りに短期間で硫黄島を占領されて、日本本土の空襲が一段と激しくなるだけであった。

A「情」と「知」を兼ね備えたリーダーシップ―「組織」のリーダーとして冷徹に合理的な作戦を遂行する厳しい状況に置かれたとは言え、良き家庭人であった栗林中将は、欠しい水・食糧を平等に分かち合うという、部下に対して情け深く、部下から慕われる司令官であった。従って、人間が働く以上は合理性を重視するゲゼルシャフト的「組織」であっても、リーダーに「情」が無ければ、部下は動かず、「情報」も流れないことを銘記すべきである。

Bリーダーシップによる「組織」変更―栗林中将着任前、小笠原兵団は他の日本の兵団と同じく多分にゲマインシャフト的な「組織」であったが、合理的思考を持つ「ヒト」である栗林中将が積極的に発言し、また行動して、ゲゼルシャフト的に「組織」を再編し、米軍を苦しめる軍隊に変えさせた。

こう考えますと「組織」のリーダーは、軍隊であれ、一般の「組織」であれ、原理は同じで、@自らの置かれた状況を的確に判断して、目標を設定し、A自己及び同志・フォロアーの能力を判断し、Bヴィジョンとチームワークを醸成する行動規律を提示して、「組織」を再編し、C「情」をもって部下に接し、コミュニケーションを円滑にして不測の事態に備えつつ、速やかに行動し、D行動結果を迅速に評価して次の行動に移る準備に取りかかる、ということを行わなくてはなりません。

皆様、私がリーダーシップについて記している時、「ワタシ/ボクがリーダーになる時はまだ先の話だ」、「ワタシ/ボクはリーダーの器ではない」と思っておられる方も多いと思います。私はそれに対して「そんなことはありません」と申し上げたいと思います。最小の「組織」は家族です。皆様は将来家族をお持ちになることになるでしょう(確かに、最近は未婚のまま、或いは結婚してもお子様を持たない人々も多くなりましたが…)。ゲマインシャフト的「組織」の代表格である家族ではありますが、家族のなかにも、昔の「家訓」といった仰々しいものでないにしろ、(暗黙の)ルールというものは有るはずです。皆様は、母として、また父として、家庭という「組織」に、或るルールを「情け」あるリーダーの一人として、たとえ昔ほど厳格ではないにしろ、遵守させる必要があると私は思います。15年程前、私の子供達が幼かった頃、彼等が私の真似をしているのを見てハッと驚きました。子供は正しく親の鏡だと。冒頭に書きましたように私は醜く「曲がった木から(aus so krummem Holze)」造られた典型的な粗忽者ですが、その時、もし幼い子供がはしたない行為をしたならばそれは私の責任だと感じ、それが私の指針になりました。換言しますと、子供は私の行為を正してくれる存在となり、「育児」は、「育『自』」でもあると感じた次第です。こうして、私は古代ローマの作家プブリウス・シルスの『金言集(Sententiae/Sentences)』にある言葉「大人が過ちを犯せば、子供は悪い習慣を学ぶ(ubi peccat aetas major, male discit minor./When the older generation makes mistakes, the younger generation learns bad habits.)」の重要さを痛感した次第です。

幸運にも、栗林中将が直面したような限界状況に有能な若人である皆様が立ち向かうことは無いと思いますが、小誌を通じて申し上げている通り、グローバリゼーションは私達の想像を超えて深化しています。この意味で、将来リーダーとなられる皆様が置かれる環境も決して楽なものではありません。従って皆様方は自らの目的をしっかり見据え、目的実現のために必要な情報と資源、そして実現のための手段を冷静に考えなくてはなりません。また栗林中将は情け深い知将でありました。皆様も「知」と「情」を兼ね備えたリーダーになられることを期待しております。特に「情」は大切で、これが無ければ、「ヒトの和と輪」は成立しません。「知」に関しては小誌2月号「グローバル時代の『知識戦略』」で書きました通り、誰も単独で世界の現況を知ることはできません。従って、皆様ならではの「情報参謀」を数多くお持ちになることを期待しております。1月末に開催されたダボス会議に参加した知人は、日本は双方向の知的会話ができる「ヒト」が極端に少ないという印象を抱いたと語ってくれました。皆様の情報発信力の向上を期待してやみません。最後に栗林中将は、ゲゼルシャフト的「組織」に転換すべく、断乎として行動を起こしました。すなわち、語るだけではなく実行した訳です。皆様も、能力に従って「より良き日本」を探りつつ、どんな小さなことでも良いから具体的に勇気をもって自らの本分を遂行して頂きたいと思っています。皆様ご承知の通り、私達の「社会」が抱える問題は数多く存在します―少子高齢化、教育、外交、財政、経済格差、地球環境…。こうした諸問題を解決するには、「個人」の努力と「組織」の効率化が不可欠でしょう。この意味で皆様の冷静な行動力が大切です。冒頭で紹介した大学近くのパブでの話の中で、世界における貧富の格差の問題が話題になりました。その時、私達はノーベル経済学賞を受賞されたダグラス・ノース教授の古い論文(“An Economic Theory of the Growth of the Western World,” Economic History Review, April 1970)の中の言葉「所得の再分配を主目的とした制度改革は、一般的に言えば社会全体の生産量を増大させることはない。むしろ通例としては生産量を減少させる(Institutional innovations designed primarily to redistribute income will generally not raise society’s output and will usually lower it.)」を思い出していました。ノース教授の論文発表から40年近く経った今でも、この難しい所得格差の問題は世界経済の大問題の一つであり、私達はより良き「社会」制度を今尚摸索しています。こうして、個々の努力が、時として実らないという「個人」・「組織」・「社会」をそれぞれ念頭にして、私達ひとりひとりが冷静に行動する必要があると思います。

冒頭に触れた戦艦「ウィスコンシン」は、真珠湾攻撃から丁度2年後の1943年12月7日にノーフォークで進水式を行いました。また真珠湾攻撃から丁度1年目の1942年12月7日、ボストン近郊で進水式を行ったのが、空母「バンカーヒル」です。有名な写真を通じてご存知の方も多いと思いますが、この空母は、終戦直前の1945年5月、沖縄近海で特攻機2機の攻撃で大被害を受けます。2機目の特攻機は艦橋に激突しましたが炎に包まれませんでした。このため搭乗していた特攻隊員の遺品は米軍兵士の手元に残り、長い時を経て2001年に隊員の身元が判明しました。その隊員は学徒出陣をした早稲田大学出身の23歳の方です。今日、テロリストが罪の無い市民を狙った攻撃を欧米のマスコミが“kamikaze”と呼んでおります。命令に従い、軍事目標だけを狙って日本の「社会」のため、黙々と命を捧げられた20代の純真な若者の姿を思い浮かべると心が痛みます。非力で怠惰な私ですが、残された時間と体力を注いで、より良き「日本」のために行動しなければと、心なしか焦りを感じております。


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著者プロフィール:栗原潤 (くりはら・じゅん)
ハーバード大学ケネディスクール[行政大学院]シニア・フェロー[上席研究員]
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