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オリジナル連載

リスクマネジメントフォーラム

第3回:企業価値向上のためのリスクマネジメント
 
 

 

  オリックスは41年前にリース会社として発足したが、現在では約40万社のわが国の中堅中小企業を顧客にした総合金融サービスグループである。ニューヨーク証券取引所にも上場し、株主の約60%は外国人であることから、一般の日本企業以上に、グローバルスタンダードに基づいた経営リスク管理を通じて市場に対するアカウンタビリティーを求められているといえる。


 「リスクマネジメント」という言葉には、「危機管理」や「事業継続管理(BCM)」から「保険・キャプティブ(保険子会社)を活用したリスクファイナンス」さらには「コンプライアンス体制の構築」まで様々な概念を含むが、市場ニーズに応えるための「企業価値最大化のためのリスクキャピタルマネジメント」という観点で当社が行っているフレームワークに触れてみたい。


 株主がオリックスに求めることは、究極的には以下の3点に集約されると考えられる。


  (1) 株主が期待する以上の収益率をあげているか?
  (2) 資本不足にもならず、無駄な余剰資本も持たず、リスクマネーが成長分野に適切に投資されているか?
  (3) 企業価値創出に貢献している部門を伸長し、そうでない部門を抑制する経営判断メカニズムが働いているか?

  これらの要求を実際に満たせているかを判断するにはリスクの評価が欠かせない。当社で一番大きなリスクは与信先すなわちリース先や貸出先が倒産する、または返済不履行となる信用リスクである。その分析と評価に一番時間と労力をかけているが、そのために、


  (1) 当社取引先40万社全てについての倒産確率を推計するモデルを構築し、毎月推定確率の再計算を行う。
  (2) 全与信先の担保等の保全条件を評価して倒産時の回収率を計算する。
  (3) これら(1)(2)のデータに加えて、与信先の倒産確率の間にどの程度関連があるかをみる「リスク相関」を過去の実績等から推計した上で、コンピュータによるシミュレーション(モンテカルロ法)を行って、向こう一年間に発生する恐れのある最大想定損失額(Value at Risk)を求める。たとえば、100億円の資産が確率は低いものの30億円になる恐れがあるとき、最大想定損失額が70億円であるという。この値が大きいほどリスクが大きいから、それに見合うリターンを獲得しなければならないことになる。各部門に対してはリスクの程度を認識したうえで事業をしてもらうために、それをリスクキャピタルとして各部門に割当てることになる。

 当社に則して言えば、自己資本は約9000億円なので、全社のリスクキャピタル、言い換えると最大想定損失額がこの金額の中に納まっていないといけない。事業部門毎、さらには大口案件においては個別に計算された最大想定損失額が、それぞれの部門・案件に配布資本として割当てられる。(2)の資本が過不足なく使用されているというのは、このような状態を意味しているのである。


 次に(3)の各部門が企業価値を創出しているかどうかは、各部門の収益から、経費や資金コストのみならず、この「割当てられた資本のコスト」も控除して算出し評価している。資本コストの算出に使う料率も、CAPM(資本資産価格モデル)などのグローバルに確立された考え方に準拠して決定している。したがって、たとえば「経費控除後で100億円の利益を出しているA部門」と「経費控除後で50億円しか利益を出していないB部門」の比較でも、もしA部門がたくさんリスクを取ってその分多額のリスクキャピタルを要していれば、資本コストを控除した後の企業価値貢献度はA、B間で逆転することも十分ありえるわけである。


 以上の信用リスクの評価にくわえて不動産投資、上場株式などの投資リスク評価、金利・為替の変動にともなう市場リスク評価などを行っているが、リスクキャピタルの算定と決定が最も難しいものが、上記以外のオペレーショナルリスクの評価である。


 BIS(国際決済銀行)規制下の銀行においても、推計モデルができていない場合は、粗利の15%などを「見做しオペリスク」としてリスクキャピタルに反映しているようであるが、当社でも部門毎にビジネスモデルや管理態勢をも踏まえつつ収益や資産の一定割合をリスクキャピタルとして認定している。ただ、それとは別に、地震リスクやシステムリスクなどの重要リスクについては、外部の専門モデル(地震のRMSモデル等)も活用して、リスク量を計量的に算出して経営側に報告している。


 ところで、オペリスクをどうリスクキャピタルに反映すべきかは、技術的には難しい面があるが、これから日本でもホットイシューになっていくものと考えられる。


 たとえば、東海地域にある地銀と、(地震発生確率がずっと低い)瀬戸内海地域にある地銀では、たとえバランスシート構造と収益構造が似ていても、本来であれば同じ格付けや株価評価を得ることは難しいはずである。発生確率0.1%〜1.0%レベルで見ても、貸出先の被災倒産リスクや自社の被災リスクを合わせると、前者の方が後者の数倍以上のリスクキャピタルを必要としているはずである。


 また、土壌汚染リスクについても、環境庁の土壌汚染センターによれば日本の土地には除去費用13兆円の土壌汚染があると推定されているようだが、担保として取得している土地の評価も、このリスクを正確に反映すれば全く違う姿になってくるはずである。


 地震リスクにしても環境リスクにしても、あまりに日本企業の実態を明らかにすることは海外投資家からの日本企業への不安を惹起しかねないため、「分かっている人たちも敢えて黙っている」面もなきにしもあらずである。しかし、市場を最後まで裏切ることはできないというのが筆者の経験と実感である。不良債権問題に端を発した日本の金融システム問題も峠を越えた今だからこそ、敢えてこれまで蓋をしていた問題にも日本全体で目を向けねばならない、つまり「リスクは正しく認識し、企業内部での経営戦略(ヒト・モノ・カネの配分)や、外部からの企業評価にもリスクを反映させなくてはならない」と考えている。



 

 

 
著者プロフィール:糟谷英治
オリックス株式会社  リスク管理本部副本部長 兼 リスク・マネジメントグループ部長
 

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