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オリジナル連載(2006年10月12日更新)

福沢諭吉の出版事業 福沢屋諭吉
〜慶應義塾大学出版会のルーツを探る〜

第8回:「福沢屋諭吉」の編集活動(その1)

 

目次一覧


前回 第7回
慶應義塾出版局の活動(その4)

次回 第9回
「福沢屋諭吉」の編集活動(その2)

本連載は第40回を持ちまして終了となりました。長らくご愛読いただきありがとうございました。

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 これまで何回かにわたって「福沢屋諭吉」の営業活動について見てきたので、今回は「福沢屋諭吉」の編集活動をのぞいて見ることにしよう。今回もまた、引用する史料は適宜現代風に改めた。興味のある方は、出典(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第一巻』岩波書店 2001年)をご覧いただきたい。

 最初は、明治4(1871)年2月13日付の内田晋斎(うちだ しんさい)宛福沢諭吉書簡から。

〔前略〕別紙一冊『手習文(てならいのふみ)』の草稿ができましたので、現在お忙しいところ恐れ入りますが、版下(はんした)をお願いしたく、実は先日より書家にお願いして見本を検査したのですが、それぞれ欠点があり、とにかく気に入らないので、やむをえないお願いにつきましてひたすらよろしくお願い申し上げます。
一、 製本は上下二冊に仕立てるつもりです。表題もお願い申し上げます。
一、 文字はすべてはっきりしているのがありがたいです。なるべくシャレのないよう、子供にわかりますようにお願い申し上げます。
一、 文字の配置はすべて草稿の通り。
一、 この草稿はまだ出版用にさしだしていませんので、秘して下さい。版下ができましたら、この草稿をもって出版をお願いするつもりに存じます。
一、 現在お忙しいとは存じますが、どうかやりくりして一日も早くできますようにお願い申し上げます。今月二十日頃に貴宅までおたずねするつもりです。その時に出来上がっていますと誠にありがたく存じます。〔後略〕

 この書簡の冒頭部分にある『手習文』というのは、『啓蒙手習之文(けいもうてならいのふみ)』という本のことであるが、出版にあたって版下(印刷用の下書き)の製作を内田晋斎という人物に依頼している。どうやら子供向けの内容らしく、字体に関する福沢の相当なこだわりぶりが読み取れる。いろいろな書家にお願いしたところ、それぞれにクセがあって福沢を満足させるようなものはなかったのであろう。最後の頼みの綱として内田に懇願している。この内田は、嘉永元(1848)年上総(かずさ)の生まれで、慶應4(1868)年閏(うるう)4月に慶應義塾へ入塾した。従来から福沢は内田に対して書家としての絶大な信頼を寄せていたようで、福沢の著訳書の版下の製作に際して内田が数多く携わっている。福沢は2月13日付の書簡で版下の製作を依頼して同月20日頃の出来上がりを希望しているので、内田はこれを約1週間で仕上げなければならない。なかなか人使いは荒いようだ。

 次に、明治4年(?)2月23日付の内田晋斎宛福沢諭吉書簡。この書簡には年次の記載がないが、内容から考えて前掲の書簡と関連するものと思われるので、明治4年のものと推定される。


昨日の朝の訪問は、お忙しいところお邪魔して恐縮です。
系紙(罫紙のことか?)をさしあげますのでよろしくお願い申し上げます。なるべく一日も早い方がよろしく、少しは不出来でも私の方は構いません、〔後略〕

 この書簡からは、先の書簡で依頼した版下の完成を催促している様子が読み取れる。2月22日の朝に内田宅を訪問したところ、注文した版下はまだ出来上がっていなかった。福沢は少々焦っているようで、少々不出来でもいいから早い仕上がりを望んでいる。何が彼をこんなに急かせたのであろうか?
 結局この『啓蒙手習之文』は、明治4年の初夏に刊行された。その出来は一体いかに?
 それはまた、次回のお楽しみに…。

   
著者プロフィール:日朝秀宜(ひあさ・ひでのり)
1967年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得退学。専攻は日本近代史。現在、日本女子大学附属高等学校教諭、日本女子大学講師、慶應義塾大学講師、東京家政学院大学講師。
福沢についての論考は、「音羽屋の「風船乗評判高閣」」『福沢手帖』111号(2001年12月)、「「北京夢枕」始末」『福沢手帖』119号(2003年12月)、「適塾の「ヲタマ杓子」再び集う」『福沢手帖』127号(2005年12月)、「「デジタルで読む福澤諭吉」体験記」『福沢手帖』140号(2009年3月)など。
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