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ウェブでしか読めない
 
オリジナル連載(2008年5月20日更新)

福沢諭吉の出版事業 福沢屋諭吉
〜慶應義塾大学出版会のルーツを探る〜

第27回:慶應義塾出版局の活動(その9)
 

目次一覧


前回 第26回
慶應義塾出版局の活動(その8)

次回 第28回
慶應義塾出版局の活動(その10)

本連載は第40回を持ちまして終了となりました。長らくご愛読いただきありがとうございました。

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今回もまた何通かの福沢書簡を通じて、慶應義塾出版局の活動を見てみよう。
 まず一通目は、明治6年10月11日付の九鬼隆義(くき たかよし)・白洲退蔵(しらす たいぞう)宛書簡(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第一巻』岩波書店 2001年 276頁)。

九鬼

〔前略〕出版局も相変わらず、段々と方々へ出店するつもりですが、人物が少なく困りきっています。〔後略〕

宛名の九鬼については、本連載の第5回目をご参照のほど。白洲は九鬼家の家政を管理していた。この書簡では、出版局を全国に展開していく構想が示されている一方で、人材難に悩まされている様子も読み取れる。本連載第25回目の中上川彦次郎宛福沢書簡でも、出版局に満足すべき人物が少なくて困っていることが同様に述べられている。教科書や啓蒙書の類に対する社会的な需要が増大しているにもかかわらず、それらを供給する側の人材難についてはさすがの福沢といえども、なかなかうまく追いつかなかったようである。

同年11月には『学問のすゝめ 二編』と『文字之教(もんじのおしえ)』。この『文字之教』は、「第一文字之教」「第二文字之教」「文字之教附録」の3冊から構成されている。児童のために文字を教えながら短文を作成する練習をさせるための教科書で、附録では手紙の書き方を指導している。

学問ノススメ表紙
 
学問のススメ冒頭

次に2通目は、明治6年11月1日付の柏木忠俊(かしわぎ ただとし)宛書簡(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第一巻』岩波書店 2001年 278頁)。

〔前略〕子供のために、『文字之教』という書を作りましたので、3冊贈ります。これは元々我が家の子供2人へ日本の文を学ばせたいと思い、いろいろと世間の新しい著書を取り集めたところ、良本と思われる品がなく、やむをえず私の思うままに書き、自分の子を教えるついでに、世の中の子供のためにもと思い、出版したわけでございます。ご一覧下さい。先日からこの『文字之教』のやり方で、塾の子供へも日本文を教授したところ、なかなかよく覚えます。足柄県内でもお試し下されたく思います。〔後略〕

宛名の柏木忠俊は、本連載の第4回目に登場した柏木そう蔵(そうぞう)のことで、当時は足柄(あしがら)県の権令(ごんれい)を勤めていた。

続いて3通目は、明治6年11月1日付の九鬼隆義宛書簡(慶應義塾『福沢諭吉書簡集 第一巻』岩波書店 2001年 279頁)

〔前略〕先日より我が家の子供へ日本文を学ばせたいと思ったところ、世間に良本と思われる品がなく、そこでこの書を作り、我が家の子供へ試したところ、なかなか具合がよろしいようなので、出版しました。段々と大阪の方へも送るつもりですが、今日数冊製本できましたので、とりあえず差し上げます。お子様方へお試しのためご教授の席を催していただきたく、二十日も教えるうちには、すこしずつ自分の思うことを文に作るようになります。〔後略〕

柏木・九鬼宛の福沢書簡からは、『文字之教』の出版事情が読み取れる。我が子の教育に良書がないならば自ら筆をとり、さらには出版してしまうところがいかにも福沢らしい。本連載第4〜7回目の『世界国尽』の時と同じようにして、柏木・九鬼へ『文字之教』を売り込んでいる。恐らく柏木・九鬼だけではなく、彼らのように地方教育の担い手と期待できる人物に対して、福沢からは同様な働きかけが全国的になされたことであろう。これまでに紹介した何通かの福沢書簡からは、福沢を中心とした地方教育の全国的なネットワークの存在を垣間見ることができる。

文字之教 表紙
 
文字之教 5丁

福沢はこのようにして、慶應義塾出版局を通じて全国に教科書・啓蒙書を出版し、国民を教化することによって日本の近代化を目指したわけであるが、実はその出版事業と並んでもう一つの構想が練られていた。その構想とは一体何か? それはまた、次回のお楽しみに…。

   
【写真1】 九鬼隆義
  (慶應義塾福沢研究センター蔵)
【写真2】 『学問のすゝめ 二編』表紙
  (慶應義塾福沢研究センター蔵)
【写真3】 『学問のすゝめ 二編』本文冒頭部分
  (慶應義塾福沢研究センター蔵)
【写真4】 『第一文字之教』表紙
  (慶應義塾福沢研究センター蔵)
【写真5】 『第一文字之教』5丁オモテ
  (慶應義塾福沢研究センター蔵)

【参考文献】
中川眞弥「福沢諭吉著「文字之教」復刻版を読む」『福沢手帖』第108号 福沢諭吉協会 2001年

著者プロフィール:日朝秀宜(ひあさ・ひでのり)
1967年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科史学専攻博士課程単位取得退学。専攻は日本近代史。現在、日本女子大学附属高等学校教諭、日本女子大学講師、慶應義塾大学講師、東京家政学院大学講師。
福沢についての論考は、「音羽屋の「風船乗評判高閣」」『福沢手帖』111号(2001年12月)、「「北京夢枕」始末」『福沢手帖』119号(2003年12月)、「適塾の「ヲタマ杓子」再び集う」『福沢手帖』127号(2005年12月)、「「デジタルで読む福澤諭吉」体験記」『福沢手帖』140号(2009年3月)など。
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