第32回 サントリー学芸賞を受賞しました。
読売新聞 2010年6月7日読書面で紹介されました。
科学する詩人 ゲーテ
 
第32回 サントリー学芸賞(芸術・文学部門)を受賞しました。
- 選評 -

- 受賞の言葉 -
科学する詩人 ゲーテ
 
 
    
科学する詩人 ゲーテ
    
 
    
石原 あえか 著
    
四六判/上製/310頁
初版年月日:2010/04/30
ISBN:978-4-7664-1727-2
定価:2,940円
  
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ポエジーと科学の交感

▼18世紀の詩人ゲーテは、ヴァイマル公国の高級官吏であり、同時に熱心な自然研究者であった。膨大な自然科学コレクションを収集・分析し、自然科学分野に関する論文も執筆したゲーテは、一方で、新しく獲得した科学の知識を積極的に彼の文学作品に応用した。ゲーテの文学作品の本当の面白さ、そして味わい深さは、「詩人にして官僚、並びに自然研究者」という職業コンビネーションから生み出されたものだと言える。

 逆にこのことは、ゲーテが活動した時代の自然科学の知識や背景、また政治状況を把握しないとわからない内容も多々あることを意味する。

▼本書ではある時は公務ゆえ、またある時は好奇心に目を輝かせて、当時の最先端の科学に積極的に関与しながらも、決して等身大の人間の視点を失うことなく、終生、誠実に自然と対話し続けたゲーテの詩と科学の交感を描く。

          
お礼の言葉 あとがきに代えて
 

 

 もし本書が読者に新しいゲーテ像を提示することに多少なりとも成功したのなら、あるいは彼と彼の作品により興味を持ってもらえるようになったとしたら、これほど研究者として嬉しいことはない。だが、それはおそらく私が15年来、ゲーテが暮らしたヴァイマルを私のドイツにおける研究本拠地としてきたことにある、と思う。

 最初に私がヴァイマルに足を踏み入れたのは1994年の初夏、ヴァイマル国際ゲーテ協会から3ヶ月間の研究奨学金を得たのがきっかけだった。

(中略)

 さて、フランクフルトから当時列車で4時間ほどかけて――旧国境で線路が変わるため特急の速度が落ち、復興前の寂れた町並みが続く、心細い旅路だった――ヴァイマルに到着、ゲーテがかつて出仕した城(Stadtschloss)の3階にあるゲーテ協会事務局を訪ね、秘書のフォン・ツヴァイドルフさんが運転する旧東独製トラバントに乗せられ、カール・アウグスト公夫妻成婚の贈物に建てられた夏の離宮ベルヴェデーレ城の隣(庭師の館)に運ばれた。交通はとにかく不便だったけれど、歴史的な宿舎に住み、夕食後は他の研究者たちと広大なイギリス庭園を散歩し、(優美な見た目と違って)サイレンのように煩い孔雀たちと過ごしたあの夏の3ヶ月間は今も忘れられない思い出だ。

 

 昔からヴァイマルとイェーナは、2つで1つの都市として機能してきた。ヴァイマルは言わずと知れた城下町で官吏を中心とした町、他方、イェーナは大学町で教授たちと大学生が――2009年現在も――主たる住民である。ゲーテに直接会うことはもはや叶わないにしても、旧東独のこの2都市には、彼の見た景色や建物の多くがゲーテのスケッチや当時の絵葉書と比べて、さほど変わらずに残っている。初めてヴァイマルを訪れた夏以来、ゲーテがかつて歩いた場所を自分の足で辿り(あるいは友人・知人の車で連れて行ってもらい)、彼が見た景色を自分の目で確認し、ゲーテが通った郷土料理店で食事をし(もっとも料理長は代替わりしているから、同じ味とはいかないが)、彼が監督した図書館で彼が借り出した本を読み、さらには厳密かつ最高の意味での原典(オリジナル)である彼の蔵書、手稿、書簡、スケッチまで扱うようになった。

 

 さて2009年4月にイェーナに着いてみると、慣れ親しんだヴァイマルとはまた性格の異なるイェーナ大学(正式名称はフリードリヒ・シラー大学イェーナ、略称FSU)中央図書館(略称ThULB)の充実ぶりに驚喜して、数ヶ月、ひたすらゲーテ時代の書籍を読み漁る「本の虫」状態が続いた。いつしか柔らかな新緑の季節から緑濃い夏に移り、無尽蔵の宝の山を前に、すべてに目を通すのは無理と断念し、空気が透明な秋の色に変わったゲーテの誕生日辺りから筆を執った。すでに発表した論文を基礎にした部分もかなり修正を加えたが、イェーナで見つけた資料を使った新たな書き下ろしも多い。これら執筆作業の大部分は、ゲーテが監督官をつとめ、自然科学研究にも従事したイェーナ大学図書館で行った。夏から秋にかけて、鬱蒼と繁る緑が華やかな紅葉に変わっていく日々、楽しく集中して執筆できたのは、イェーナ大学人文系中央図書館の出入り口横にあるゲーテの凛々しい立ち姿(ハインリヒ・クリストフ・コルベ画、1826年。本書口絵参照)があったからかもしれない。噴火するヴェズビオ火山を背に、植物や鉱物に囲まれて、ペンとメモを持ち、トレードマークの大きな澄んだ瞳で彼方を見つめている、ほぼ等身大のゲーテの肖像画を横目に眺めながら、「さて、どんな風に貴方を日本の読者に紹介しましょうか」と問いかけた。私の研究控え帳には、まだまだたくさんゲーテについて紹介できなかったことが書き留められている――またゲーテと鉱物学・化学・動物学についても既刊論文等があるが、本書ではこれらの領域には触れなかった――が、機会があれば、ふたたびお目にかかれると信じたい。あまり冗長になってゲーテが嫌われてしまうと大変なので、とりあえず本書で一度ピリオド、もしくは大きめのコンマを打たせていただく。

 
  石原あえか(慶應義塾大学商学部教授)

 
著者・訳者略歴
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科学する詩人 ゲーテ  
ファウスト――神話と音楽
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ハンス・ヨアヒム・クロイツァー 著
石原 あえか 訳
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音楽が紡ぐ『ファウスト』
ファウスト神話の原型、その音楽世界に到達するまでの道のりを明らかにするとともに、その発展に本質的に貢献をした音楽劇作品を紹介する。
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科学する詩人 ゲーテ  
ファウストとホムンクルス
 ――ゲーテと近代の悪魔的速度
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マンフレート・オステン 著
石原 あえか 訳
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ゲーテ、不朽の名作『ファウスト』。その第2部に登場する人造人間ホムンクルスは、フラスコの中の人工生命体という「不完全」な形でこの世に産み落とされた。「完全」な人間になることを願って彷徨うホムンクルスの姿に、ゲーテは一体、どのような意味を込めたのか・・・
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著者・訳者略歴
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石原 あえか
(いしはら あえか)

慶應義塾大学商学部教授
慶應義塾大学大学院在学中にドイツ・ケルン大学に留学、同大でDr.phil.を取得。学位論文Makarie und das Weltall(1998)以来、一貫してゲーテと近代自然科学を研究テーマにしている。2005年にドイツ学術交流会Jacob-und-Wilhelm-Grimm-Förderpreis受賞。2005年刊行のGoethes Buch der Naturにより、第三回日本学術振興会賞および日本学士院学術奨励賞(FY2006)を受賞。本会刊行の訳書にH. J. クロイツァー著『ファウスト 神話と音楽』(2007)、M. オステン著『ファウストとホムンクルス ゲーテと近代の悪魔的速度』(2009)がある。2009年4月から1年間、Alexander von Humboldt-Stiftungの研究フェローとして、Friedrich-Schiller-Universität Jenaで研究滞在を行った。

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