著者特別エッセー

中国の経済改革は成し遂げられたのか

唐 成

いま、中国経済はかつてないほど世界経済に大きな影響を及ぼしている。その最大の理由は、1978年以降、世界一を誇る持続的な高度成長であろう。これを数字で表わすならば、10億超の人口を抱える国が年平均9%以上の実質GDP成長率を達成しているという紛れもない事実に端的に示されている。
 しかし、このような高い経済成長率をもたらした原動力とは何か。第一に、経済改革以降、持続的な高い投資率があったことがその大きな要因と考えられるであろう。また、それを支える必要な資金は、主として金融機関を通じた信用創造によって賄われてきたことも疑う余地はなかろう。そして、家計貯蓄率の急速な上昇によってもたらされた豊富な余剰資金がこれらを可能にしたと考えられる。本書は、主にこのような中国経済の「お金」の流れを分析の焦点にしている。
 また、中国の経済成長のプロセスにおいては、高貯蓄−高投資−高度成長という3つのリンクが見事にワークしていることを本書では主張している。また、このような見方に立てば、家計貯蓄率の持続的な上昇が、中国経済の高度成長をもたらした原動力の一つであるといっても過言ではなかろう。本書では、計画経済期にきわめて低かった家計貯蓄率が、1978年以降、なぜ急速に上昇し続けてきたのかについても、これまで筆者が独自に整理してきた数多くのマクロ、ミクロのオリジナルデータに基づいた要因分析を中心に解き明かしている。
 では、家計の豊かな貯蓄は旺盛な産業資金にどのように結びつけられているのか。本書では一国経済の血液ともいえる資金循環の分析に焦点を絞って、中国の経済発展における金融的な役割を明らかにしている。計画経済期から移行経済期までの部門別の資金循環が、どのように金融構造の変化を生じさせ、またそれが1980年代前半に中央銀行と商業銀行を近代的な2層銀行体制の枠組みの形成を促進したかを論じた。また、これによって、金融機関が金融の仲介機能を効率的に果たせるようになり、次第に資金過不足の拡大する企業部門に産業発展の資金を提供することが可能となった。経済改革以降、金融の仲介活動が効率的に行われたこともまた、現在の中国経済の成長要因の1つとなっていると考えてよいだろう。
 本書ではまた、中国経済の急成長期である1990年代以降、多様化された金融市場において、各経済主体の金融行動をフローとストックの両面から、それぞれの資金運用と資金調達の特徴を分析した。そのうえで現在の中国の金融システムは、むしろ「間接金融」に偏ってきており、これが近年の経済過熱化をもたらした一因であることを解明している。その結果、近年、不良債権の処理が加速されてはいるものの、中国の銀行部門は依然として潜在的に金融リスクが高いことが指摘できよう。
 本書はまた、中国経済研究の空白領域というべき郵便貯金や政策金融についても分析を行っている。そこでは、郵便貯金は貯蓄促進の一環として、社会零細資金を吸い上げる役割だけでなく、当時の人民銀行改革の一環として復活されたという、「時代の要請」であったことを明らかにしている。しかし、1994年以後の金融改革によって、もはや郵便貯金は時代の変化に適応しなくなっていることが本書の分析を通じて判明した。そこで、本書では、1994年以降、郵便貯金が全額預託を続けてきた理由を、政策金融の「隠れた原資」として捉え、郵便貯金、人民銀行、政策銀行の問題点を整理し、今後の政策金融の制度設計を提言している。
 果たして、中国の経済改革は成し遂げられたのか。
 最近では、そのことについて、肯定論も聞こえてくるようになった。
 しかし、私は、本書を通じて、これまで中国に経済発展をもたらした原動力が何であったのかについて答えるのみならず、中国経済がいまだに直面している諸課題をも浮き彫りにするなかで、それらの諸課題をいかに克服していくべきかを真摯に考えていくことが、今後より一層重要になっていくと考えている。
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