『ボワソナードとその民法』(池田真朗著)執筆余話
『ボワソナードとその民法』(池田真朗著)執筆余話
 
   
ボワソナードとその民法
 

ボワソナードとその民法

    
 
    
池田 真朗 著
    
A5判/上製/424頁
初版年月日:2011/09/05
ISBN:978-4-7664-1628-2
定価:6,090円
  
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民法典の歴史とその解釈学の原点を探る。


▼ボワソナード民法典と現行日本民法典の相違点を描き出し、立法者意思、ひいてはフランス民法典の解釈を反映させ、どのような条文解釈が現行民法解釈としてとるべきなのかを明らかにする。

▼日本民法典の成り立ちに興味を抱くすべての研究者に好適の書。

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特別寄稿
   
 

『ボワソナードとその民法』執筆余話



慶應義塾大学法学部・同大学院法務研究科教授
池 田 真 朗


 小説家が、「この本は何かに背中を押されるように書いた」と述懐することがある。私にとって、まさにそれが本書での経験だった。
 私は、2010年に、民法研究者として30年以上続けてきた債権譲渡の研究について、論文集の第3巻(『債権譲渡の展開と特例法』)、第4巻(『債権譲渡と電子化・国際化』)を出版して、1993年出版の『債権譲渡の研究』以来の仕事(出版はいずれも弘文堂)を一応まとめることができた。そして、その年の11月に、慶應義塾から、同研究全4巻を対象に、全塾でほぼ毎年1人に与えられる「福澤賞」を受けることができた。
 それが、私にとっての研究活動の原点である「ボワソナード旧民法研究」を一書にまとめる仕事に、ようやく私を向かわせてくれたのである。そして、当初は、私の最初期からの論文をまとめる作業で済むかと思っていたのが、結局、わが国の(主として実定法の)諸学者によるこれまでのボワソナード旧民法研究の概観と綜合を行う、書き下ろしの一章を書き加えることになった。そしてこれが、延々と続く、9万字を超える大作業になっていったのである。


 2011年の春休みのある日、私は三田の慶應義塾大学図書館(新館)で、ようやく佳境に入った本書の執筆をしていた。新館と言っても、明治時代にできたあの旧図書館との比較での名称で、もう30年も経っている建物である。当時としては非常に斬新な建築であるが、その4階に、キュービクルという教員用の日借りの個室が、AからHまで並んでいる。センターコアの出入口から渦巻き状に一番遠くまで歩く、東南の角にあるHの個室に、私は朝からパソコンと資料を持ち込み、一心に原稿を書いていた。
 午後になって、ふと気が付いたのが、手元の図書館の本(しかもどういうわけか三田や日吉になくて芝共立の薬学部図書館にある)『日本近代法の父ボワソナアド』の返却期日が来るということだった。大久保泰甫教授のこの本は、岩波新書の小冊であるが、ボワソナード研究のいわば最大の基本書である。私も自宅や実家に置いてあるはずが、見つからなくなって借り出していたのである。とりあえず返却して更新しよう。書きかけのパソコン画面もそのままに、私はその新書を手にして立ち上がった。4階からエレベーターで1階に降り、メインカウンターに「更新を」と差出した。
 まさにその時、私の左斜め後ろにある、ガラスの展示ケースからカタカタと音がし始めた。それが、3.11東日本大震災の揺れの始まりだったのである。
 東北の多数の犠牲者の方々に、心からの哀悼の意を表したい。私は、揺れが尋常でないとわかってすぐに、メインカウンターのすぐ近くにある出口から外に出た。そこは慶應義塾大学三田キャンパスの避難場所となっている中庭である。それから揺れはさらに激しくなり、図書館にいた学生や職員が、真っ青になって飛び出してくる。私は、あの新書のおかげで、一番先に安全な場所に避難できたことになった――。小一時間してようやく戻った図書館の内部は、書籍や雑誌が床に散乱して、3階と4階は立ち入り禁止になっていた。その制止のアナウンスを聞きながら、無人の4階の一番奥まで、パソコンと資料を取りに必死に駆け戻ったことは許していただきたい。

 ボワソナード研究に私の目を開かせてくださったのは、学部ゼミからの恩師内池慶四郎先生である。当時経済学部の学生だった私は、日吉で受けた高鳥(林脇)トシ子先生の法学の授業で民法に目を開かされ、経済学部在籍のまま自由科目で法学部の内池ゼミに入れていただいた。お若い頃の名著『出訴期限規則略史』で立法沿革の検討を解釈論に結びつける手法を開拓された先生は、私に何度も、ボワソナード旧民法研究の重要性を語った。ご本人はドイツ法学者であったため、ボワソナードを経由してフランス民法に遡る研究を「君やらないか」とおっしゃるのである。中学、高校と文学にかぶれて、第二外国語をフランス語にしていた私にとって、それは「渡りに船」のお話だった。大学院から晴れて法律専攻の学生となった私が、卒業論文と修士論文で書いたのは債権準占有者に対する弁済の研究、助手になって手を染めたのが、債権譲渡の研究である。この二つはいずれも、日本民法典の中で、最もフランス民法の影響の明瞭な規定で(債権準占有者に対する弁済の規定はドイツ民法にはなく、債権譲渡はドイツ民法では全く異なる構造の規定になっている)、しかも両者ともボワソナードが単にフランス法を継承するだけでなく独自の修正を加えている規定であった。私にとってこのテーマ選択は必然であり、ボワソナードという、日本に近代民法を持ち込んでかつ22年間の長きにわたって日本政府御雇法律顧問として献身したその人との「付き合い」も、そこから始まることになったのである。
 そして、本書について語るには、慶應義塾大学出版会編集部岡田智武氏の献身と情熱をまず記さなければならない。先述の債権譲渡の論文集をまとめる以前から、同氏は、私の学部教科書である『新標準講義民法債権総論』『新標準講義民法債権各論』(慶應義塾大学出版会)の制作にたずさわる傍ら、この『ボワソナードとその民法』の企画を立ててくださり、何通りかの組見本まで作ってくださったのである。身内ぼめに聞こえるかもしれないが、長年多くの出版社の編集者とおつきあいした中で、これだけ優秀で献身的な編集者を、私は他に知らない。


 普段から本や資料で足の踏み場もない状態だった私の自宅の書斎は、地震で更に目も当てられない状態になった。研究室の自室も、崩れた本で、最初はドアが開かない状態になっていた。それでも私は、執筆を続け、その合間に少しずつ、書斎の片づけを始めた。そうすると、不思議なことに、山積みの下の方に隠れていた、本書に必要な資料が、その崩れたところからあちこち顔を出して、次々に見つかったのである。
 その中に、同世代だが数年前に亡くなった名古屋大学の筏津安恕教授から頂戴した抜き刷りがあった。ボワソナードの契約理論をドイツの学者と比較する貴重な研究をされた方である。自筆のお手紙が付いていた。もちろん、当時読ませていただいて勉強した抜き刷りではあったのだが、その後長いこと見つからなくなっていたものである。「中舎寛樹(名古屋大学教授)から紹介を受けました」という教授のペン字を見て、当時きちんとお礼状を書いただろうか、とひどく心配になった。
 ここ数年ご無沙汰していた神戸大学の藤原明久教授からかつて頂戴したいくつもの抜き刷りも、次々に見つかった。整頓が苦手な私が、ちょっと片付けようとするたびに、必要な資料が次々に見つかる。私は、ボワソナードや筏津教授が、「早く書き上げよ」と声をかけて下さっているように感じた。
 もちろん、被災された方々の支援もすべきである。家では妻は毎日のように被災地に送る品物の荷造りをしている。けれども、悩んだ末に、私に出来るのは結局この本を書き上げること、との結論に達した。それに、この仕事は、今、急がなければいけないもの、という思いが強くしていたのである。


 ようやく、『ボワソナードとその民法』は2011年8月末に出来上がった。奥付は9月5日となった。装幀にも趣味のある私は、岡田さんにいろいろお願いして、外表紙のボワソナードの写真の指定に始まり、写真をオーバルのぼかしで入れて、タイトルのレイアウトはこうして、文字のフォントはこれにしてと、かなり細かく指示してあとはプロの装幀家にお願いした。内表紙は昔の皮張りの洋装本を意識した型押し(これは創立150年の『慶應の法律学』で使われたもの)を使って、真ん中にG.B.と金文字を入れてもらった。これは、私が最初のパリ留学をした際にグルノーブル大学の図書館で見つけた、ボワソナードが同僚に贈った抜き刷りの表紙に、筆記体でG.B.とサインがあったのを覚えていたからである。


 人はやはり、なすべき時になすべき仕事をしなければいけないものである。私は、出来上がった最初の見本本を、早速師匠の内池先生にお届けした。数年前に心臓を患ってから、ご自宅からあまり出ずにテレビ三昧という生活をされていた先生は、それでもいくつかの頁を繰って、喜んでくださった。時効研究はもちろん、隔地者間の契約の成立時期の問題についても、師匠がボワソナード民法研究の開拓者であり第一人者であるという私のオマージュが、本書にはしっかりと書き込んである。そして先生は、(これは昔からよく先生が私におっしゃっていたことなのだが)「今度はいつかボワソナードの伝記を書いてほしい」とまたおっしゃった。
  師匠のお元気なうちに本書をお渡しできたことが、私はなによりうれしかった。その前年に福澤賞を得た時には、法律学科初の福澤賞受賞者(1993年)であった先生にようやく追いつけました、と報告したのだが、師匠の学恩に報いることができた、と心から思えたのは、本書をお渡しした帰り道であった。
 そして、今年2012年の2月18日に、師匠は帰らぬ人となった。お正月にはOB会に元気な姿を見せられた先生との、突然の別れであった。結果的に本書が「間に合った」ことが、私にはひとつの救いだった。
 もうひとつ、出来上がった本書を神戸の藤原教授にお送りしたところ、返ってきたのは、奥様からの、「明久は6月に亡くなりました。さぞ喜んでいると思います」というお葉書だった。連帯債務や担保法の分野で、法制史学から実体法研究に入ったボワソナード研究者としては藤原先生が第一人者と思っていた私の評価と敬意を、本書にはしっかり記したつもりであったのだが、ご感想をいただくことはできなかった。


 本書をお送りした他大学の先生方から頂戴した礼状の中では、やはり東京大学の中田裕康先生からのお手紙が一番うれしかった。中田さんは、私が深い信頼を置いている優秀な学者であるが(私は自分の教科書の中で、中田先生の債権総論を最良の体系書として推薦している)、いつも私の書いたものに的確なご批評をくださる。その彼が、本書に私のタテとヨコの世界を見出してくださった。タテの世界とは、もちろん私のボワソナード研究からフランス民法研究にまでさかのぼりそれを現行日本民法の解釈論に結び付ける手法が示すものである。もう一つ、ヨコの世界とは、本書(第9章)で私が同世代ないし前後の世代の民法及び法制史の研究者のボワソナード研究業績を網羅的に紹介し分析した中で示すことになった、私と各研究者の方々とのつながりである(ままた結果的にこの第9章は、わが国の実体法学からするこれまでのボワソナード旧民法研究を集大成するものとなり、本書に客観性を持たせることができたように思う)。
 本書には、私の修士課程1年時の処女論文から、上記の書き下ろしの章までが収録されている。確かに、ここまでやってきた私の民法研究と私の研究者としての「世界」が、本書に盛り込まれているといってよい。
 私を導いてくださった恩師として、内池先生の他には、先にも述べた、私を法律学の世界にいざなってくださった高鳥(林脇)トシ子先生、法制史学の手法を基礎からご教授くださった故手塚豊先生の名前を挙げなければならないのはもちろんだが、もうお一方、私が長く私淑してきた、星野英一東京大学名誉教授のお名前を掲げて感謝したい。言うまでもなく、フランス民法の日本民法への影響を説いてわが国の民法学界を主導した大学者である。前述の中田教授の師でもある星野先生には、先生が座長をされた民法現代語化の研究会で、門下生に混ぜて私をメンバーに選んでいただいた御恩もある。そういう、すべての人との絆が、本書に結実した。実は本書最後の結章は、内池先生と、星野先生と私の、方法論上の「対話」として読んでいただければ有難い。
 最後にもう一度、慶應義塾大学出版会の岡田さんにお礼を申し上げ、また、アルバイトで資料整理から校正まで、非常に優秀なアシスタントとなってくれた、卒ゼミ生の奥村由佳さん(現東京大学法科大学院)にも感謝したい。このお二人のご支援がなければ、本書を、不十分ながらもこれだけの完成度で世に送ることはできなかった。

 

 


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池田真朗著『ボワソナードとその民法』慶應義塾大学出版会


 

 
     
著者・訳者略歴
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池田真朗

 

池田真朗 (いけだ まさお)

慶應義塾大学法学部教授、同大学院法務研究科教授・日本学術会議会員。
1949年東京生まれ、
1978年慶應義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻博士課程修了、博士(法学)。
1996年から2004年まで司法試験第二次試験考査委員、2004年から2006年まで新司法試験考査委員(民法主査)。

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