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巻頭随筆

働き方改革の第一歩は    長沼 豊

 

 「夢の仕事は夢のままがよかった。残業時間月200時間。そのうち部活が半分。何のために働いているのか、わからなくなった時期もあります」(教師)

 「時間外労働だけでも月に100時間から160時間もあり過労死レベルをはるかに超えています。冬は早朝のまだ月や星が出ている真っ暗な時間帯にライトをつけて出勤しています。さらに持ち帰り残業は当たり前の世界です」(教師の母)

 「月の残業時間が160時間超もあります。過労死ラインを2回分超えているのです。部活指導が軽減されたら、人間らしい生活ができます」(教師)

 これらは筆者が顧問を務める部活問題対策プロジェクトに寄せられた切実な声です。教師のワーク・ライフ・バランスを真剣に考えなければならない状況にあります。

 実際、中学校教師の勤務時間は平日11時間32分で、10年前と比較して32分増加、土日は1日平均2時間10分で、10年前の1時間6分から倍増しています(文部科学省2017年発表の「教員勤務実態調査」)。いわゆる過労死ライン超えている教師の割合は約6割でした(小学校は約3割)。

 また、健康の確保・維持の目安となる勤務間インターバル(勤務終了から次の勤務開始までの休息時間)が11時間未満の教師は2016年では26.3%で、2011年の18.2%より8.1ポイント増加しました(総務省統計局2018年7月発表の調査結果)。ホワイトカラー労働者全体では10.4%で、技術者15.1%、営業職業従事者14.0%、保険医療従事者8.0%など他の職種と比べて教師は著しく高いことがわかります。

 日本の学校教育では部活動の指導は当たり前という風土がありますが、先に述べた文部科学省の実態調査では部活動の活動日数が多いほど勤務時間が長いことも示されています。ですから筆者は「部活動改革なくして働き方改革なし」と主張しています。

 このような過酷な状況に対して、国や自治体も学校の働き方改革や部活動改革を進めています。例えば文部科学省は部活動の指導は必ずしも学校の教師が担う必要はないこと、スポーツ庁は部活動に週2日以上の休養日を設けること、活動時間は平日2時間以内・休業日3時間以内とすること等を提言しています。しかし学校現場に改革が行き届いているかといえば、疑問符が付きます。

 教師のワーク・ライフ・バランスを考え、QOL(quality of life:生活の質)を高めるためには、国や自治体が施策を展開することも大切ですが、まずは教師自らが「長い時間働くことが美徳」という価値観から離れて、意識改革することが重要ではないでしょうか。


  部活動については、筆者は下のように考えています。

  ■部活動3原則(長沼による)

  1.生徒の部活動への参加は任意である(全員加入制を廃止する)
  2.教員の部活動顧問への就任可否は選択できる(全員顧問制を廃止する)
  3.部活動の顧問は辞書的意味の顧問である(技術・技能の指導者である必要はない)


 意識改革は、今まで当たり前だと思っていたことを“そうではないのかもしれない”と考えるところから始まります。例えば活動時間のほとんどが勤務時間外に設定されている部活動は、そもそも教師の仕事なのでしょうか? 筆者もかつては中学校の活動好き員(BDK)でしたから、全く疑っていませんでした。しかし法令に照らして必ずしもそうではないことに気づいたのは、ずっと後になってからでした。

 働き方改革の最初の一歩は、あなたから始まります。



 
執筆者紹介
長沼 豊(ながぬま・ゆたか)

学習院大学文学部教育学科教授。博士(人間科学)。専門は教科外教育(部活動、特別活動、ボランティア学習、シティズンシップ教育)。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。学習院中等科教諭、学習院大学教職課程准教授を経て現職。著書に『部活動の不思議を語り合おう』(ひつじ書房、2017年)、『はじめよう!ボランティア〈全4巻セット〉』(廣済堂あかつき、2018年)など。

 
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