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巻頭随筆

アクティブ・ラーニングとどう向き合うか    田上 哲

 

 現在、学習指導要領の改訂に向けた検討が進められています。次期改訂の学習指導要領には、授業改善の視点としてアクティブ・ラーニングが盛り込まれることになります。すでにアクティブ・ラーニングに関する書籍が続々と数多く出版されています。また、実際の指導要領改訂をまたず、今年の夏には、学校現場ではアクティブ・ラーニングに関する研修が盛んに行われました。そういった書籍や研修の多くでは、アクティブ・ラーニングとは何かが説明されるとともに、アクティブ・ラーニングをどう実践するか、どう指導すればよいのかというノウハウが語られています。

 さて、アクティブ・ラーニングは授業改善の視点と謳われていますが、学校教育全体に関わる教育の方法に言及したものであることに間違いはありません。学習指導要領は基本的に教育の目標と内容を規定してきましたが、戦後初期の学習指導要領(試案)を除いて、教育の方法に直接強く言及することはありませんでした。このことから、次期指導要領がこれまでの学習指導要領とはずいぶん性格の異なるものとなると言えるのではないでしょうか。

 アクティブ・ラーニングそれ自体の問題というよりも、学習指導要領において教育の方法が直接言及されたことは、現場で実践する教師にとっては大きな問題になると考えられます。とくに学習指導要領とそれに基づいて編成された教育課程、教育計画に忠実たろうとする教師、忠実でなければならないと考える教師や、それをとにかくこなせばよいと考える教師にとっては、このことが与える影響は大きなものだと思います。

 これまでも教育現場では、本来子どもの教育のために構想されつくられてきた枠組み、例えば校種間連携や地域連携、学社連携・融合といったことがありますが、いつの間にか、連携や融合することのほうが目的になってしまうという、いわば目的と手段の転倒という事態がしばしば生じてきました。今後教育現場では、アクティブ・ラーニングを実施することそのものが目的になってしまうのではないか、とくにアクティブというイメージに引きずられて外からとらえられる見栄えのよい表面的な活動をすることが目的になってしまうのではないか、と強く懸念しています。

 私は、自立的で主体的な、そして独善的ではない教師にとっては、学習指導要領がいかように改訂されても、大きな問題は生じないと考えています。彼らは、目の前の子どもの未来を見据えて教育を実践しようとします。その軸がぶれない限り、彼らにとってアクティブ・ラーニングは本当に必要であれば参考にするひとつの手段にしか過ぎません。したがって、自立的で主体的な、そして独善的ではない教師をどう養成していくのか、そのような方向性をもった教師をどう育てるかが、これから一層重要になると思います。

 次期学習指導要領も時期が来ればまた必ず改訂されます。改訂されるということは、改正前の学習指導要領が批判的に、かつ自己否定的に検討されるということです。したがって、近視眼的にならず、少なくとも子どもたちが社会に出たあとまでを射程に入れて、アクティブ・ラーニングが本当に目の前の子どもたち一人ひとりの人間形成に有効なものであるかを批判的に吟味しながら、実践に取り組んでいく必要があるでしょう。



 
執筆者紹介
田上 哲(たのうえ・さとる)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。博士(教育学)。専門は教育方法学、教育実践研究。九州大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。香川大学教育学部助教授などを経て現職。著書に『生き方が育つ教育へ』(共著、黎明書房、2008年)、『日本の授業研究〈上巻〉授業研究の歴史と教師教育』(共著、学文社、2009年)など。

 
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