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巻頭随筆

子どもと食行動   石川俊男

 

 いわゆる摂食障害が、「痩せていることが美しい」とする文化的な背景を有する地域や国々で、思春期・青年期の女性に好発していることが知られるようになって久しい。現代医学をもってしても、その科学的解明が遅れており、そのためか、いまだに長期にわたる精神療法でしかその有効な治療法がない。少子化に悩む先進国では社会的な問題ともなっており、その早期の治療法の開発が待たれている重篤な疾患の一つである。

 最近では、その発症時期の広がりにより、診断基準の見直しが図られ(DSM‐5など)、性周期の喪失などが診断基準から外れている。発症時期が思春期以前の小児期にまで広がり、一方で、閉経後の女性の発症が報告されるようになっているからでもある。特に、小児領域の摂食の問題は、乳幼児期の食行動異常までも診ていく必要に迫られている実情がある。いわゆる「食べることを拒否する子ども」の存在である。何ら消化管の機能異常が認められないにもかかわらず、食べることに意欲が持てない、生理的な食習慣の獲得に異変が起こってしまった子どもたちである。DSM‐5では、これらの摂食障害を神経性やせ症と区別して、「回避・制限性食物摂取障害」として表している。肥満恐怖ややせ願望といったやせ症の診断基準に相当する症状がないもので、そのなかのある一定の子どもたちが神経性やせ症などとなっていくと言われている。

 これまでともすれば、小児の摂食障害は神経性やせ症(一般に言う拒食症)が中心で比較的予後が良いと考えられてきたが、乳幼児期に発症するケースではどうであろうか。生理的な食習慣を身につける最初の時期である乳幼児期での問題は、実は養育する親と子との対人関係の問題をはらむことも少なくなく、摂食障害の深い家族病理を表している可能性がある。さらに、小児期の治療で寛解が得られなかった例では長期化しやすく治療抵抗性が強いことも経験させられてきており、それらのケースでは乳幼児期の親子関係の問題やそれに付随する食習慣の問題にもたどり着く可能性を秘めており、単に乳幼児期だけの問題として解決されていくことではないのかもしれない。慢性に経過し、その人の人生を左右しかねない摂食障害の病態の解明は緊急の課題でその究明が待たれるが、一方で、どのようにして摂食障害の発症を防いでいくかも、現状での重要な課題である。

 乳幼児期を含めた小児期の摂食障害については、その予防こそが重要な課題となっている今日である。欧米に比べ専門的診療・研究施設がない我が国の摂食障害をとりまく悲しい現状があるが、この2、3年でようやく、摂食障害治療支援センター構想が国と地方自治体との協力でスタートした。新たな専門施設の設立というわけではないが、大きな一歩となることが期待されている。さらに、新たにスタートした厚生労働省の摂食障害の研究班では小児期における摂食障害発症予防の問題が取り上げられており、養護教員などとの医療連携や地域連携を視野に入れた具体的な医療体制の確立が目指されている。今後さらに乳幼児期の摂食障害をも視野に入れた対策の在り方が希求される。

 摂食障害は、特に女性にとっては、生命危機をはらむと同時に、乳幼児期から老年期までのすべてのライフステージにかかわる一生の問題ともなりうる極めて重篤な疾病である。その病態の真の解明、短期間で治るエビデンスの確立した治療法や予防法の開発が待たれている。


 
執筆者紹介
石川俊男(いしかわ・としお)

国立国際医療研究センター国府台病院心療内科特任診療部長。専門は心療内科(心身医学)。東北大学医学部卒業。米国UCLA・CURE留学。国立精神・神経センター精神保健研究所心身医学研究部部長などを経て現職。著書に『ストレスの事典』(共編、朝倉書店、2005年)、『摂食障害の診断と治療』(共編、マイライフ社、2005年)など。

 
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