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巻頭随筆

子どもの事故と予防       衞藤 

 

 子どもに関心をお持ちの読者の皆様にとって、おそらく「子どもの事故」というテーマは問題として知っていても、できることなら避けて通りたいというお気持ちかもしれません。

 私は小児科医となり臨床医として10年病院で働いた後、1980年代半ばに研究機関で子どもの健康にかかわる諸課題について研究を行いました。子どもの健康事象について客観的データを集め、分析することによって数量的に問題の中身を紐解いたり、質問紙を作成し、乳幼児健診にお子さんを連れて来られた親御さんに質問事項に答えていただき、それらを集めて分析し、問題点を整理したりという形で研究結果に導き、子どもの健康にかかわる諸問題について考えて参りました。

 国全体程度の規模の人々の健康の姿を見ようとするとき、ちょうど対極にある「死」に関する統計を分析し、その結果から考察することがあります。乳児死亡率という指標は、その年に生まれた子ども1千人が1歳の誕生日を迎える前に何人命を落としたかで示します。赤ちゃんが生まれ、1歳まで生存することを可能にするためには、妊娠中の母体の健康状態、お産の様子、生まれてすぐの赤ちゃんに対するケアの質、生後の授乳や食事の与え方、子どもが育つ環境等々様々な要因が、子どもが健やかに育つことに資する状態であることが必要です。わが国では、この乳児死亡率は明治33(1900)年には155.0もありましたが、昭和になってから下がりはじめ、戦後も低下の傾向は続き、平成24(2012)年には2.2となっています。

 1歳を過ぎ小学校入学頃までの幼児期は、人間の一生の中では比較的死の危険に曝されることの少ない時期です。1〜4歳の年代の人口10万人当たりの死亡数が統計として出されています。平成22(2010)年で22.1、平成23(2011)年では27.6です。平成23年は東日本大震災の影響もあり、前年値より増えていました。この1〜4歳の子どもの死亡原因を調べてみますと、「先天奇形、変形及び染色体異常」「不慮の事故」「悪性新生物」(がん)が主で、そのうち1位ないし2位は「不慮の事故」です。事故による死亡の内訳は、1〜4歳では、交通事故、溺死・溺水、窒息、転倒・転落等が主要原因です。先天的な問題やがんの発生防止対策は大変難しいですが、事故の防止については様々な対策を講ずることにより発生自体を減らすことが可能です。1〜4歳という年代に限ってみれば、例えば交通事故では「自動車に乗せるときはチャイルドシートにきちんと固定する」、溺死・溺水では「浴室で赤ちゃんが溺れることのないよう、入浴後は湯を溜めず抜いてしまう」「赤ちゃんが1人で浴室に入らぬよう浴室に鍵をかける」等の対策が考えられ、これらを徹底し、普及させることにより事故発生を防ぐことが原理的には可能です。事故防止対策を考える場合、起こってしまった事故の状況を客観的に把握することが可能なら、そのデータを元に発生要因を科学的に分析することが可能となります。このような科学的分析の積み重ねにより、事故防止対策が適切であったかどうかの評価も可能となります。このような研究の成果を、実際の生活に反映させるため、住宅、車両、道路等の施設の設計、維持・管理、行政施策、法令、健康教育・安全教育、社会的キャンペーン等に適用し、実効性のある事故防止対策に結びつけることが大切ではないかと考えています。

 少子化といわれるこの現代において、この世に生を受けた大切な命を、社会全体で守り、健やかに育んでいくために、子どもの事故防止というテーマは意味のあるものであることについて、お考えいただければ幸いです。


 
執筆者紹介
衞藤 驕iえとう・たかし)

社会福祉法人恩賜財団母子愛育会日本子ども家庭総合研究所・所長。東京大学名誉教授。大阪教育大学客員教授。医学博士。専門は学校保健学、母子保健学、小児科学。東京大学医学部保健学科および医学科卒業。東京大学助手、国立公衆衛生院室長、東京大学教授(健康教育学)を経て現職。著書に『学校保健マニュアル〈改訂8版〉』(共編著、南山堂、2010年)、『最新Q&A教師のための救急百科』(共編著、大修館書店、2006年)など多数。

 
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