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巻頭随筆

子育ての最大目標     平木典子

 

 自己決定は容易な作業ではない。それは、ある刺激や課題に対応するための人間の心身の多様な要素と複雑なプロセスを伴った選択行動である。つまり、自己決定には、情報を手に入れ、それらを整理して評価し、選択肢をまとめるといった知的・論理的作業と、同時に、未知で不確実な問題に取り組もうとする欲求・意思・態度といったきわめて情緒的・精神的働きを必要とする。そして、自己決定力は人が自立して自分らしく生きるために不可欠な能力なので、「自分で決められる子どもを育む」という発想は、子育ての最大の目標にもなる。

 それでは、このように複雑で入り組んだプロセスを子どもの中にどのように育てていくのか。具体的な取り組みはこの後の論考で紹介されるので、ここでは、子どもが課題を見つけ、自発的・主体的に学ぶ能力や資質を高めるための原則とそのプロセスを簡単に述べることにしよう。

 大原則は、子どもたちに自己決定のプロセスを体験してもらうことである。

 その中には:

 1.大人が人間の成長力を信頼し、子どもが自分の欲求を自由に表現し、動くことができる時間と場を十分
   与えること。

   気持ちがいいことが実現すれば、子どもはホッとして、自分は「これでよし、できる!」という感覚を
   もつようになる。

 2.その感覚が育ったら、自分を大切にしていいのだという自己信頼が生まれ、自分への刺激や得たいものを
   目の前にして、試行錯誤をする意欲と勇気が育つ。

 3.試行錯誤の意欲と勇気が芽生え始めたら、子どもたちがグループで交流する場を用意する。

 グープで交流する場は、試行錯誤をする意欲をもった個性ある子どもたちが自由な発想と言動で、いわば多様な刺激と課題に直面し合う場である。そこはそれまでとは異なって、数多くの「違い」や知らない情報が飛び交う場である。それらに接して戸惑ったり、考えたり、自己主張したり、相手に歩み寄ったりするプロセスを体験することで、子どもはさまざまな情報や欲求を比較検討し、自己決定する力を身につけていく。

 自己決定力を育むには、子どもたちが自由に動き、同時に自分も相手も大切にした言動をしてみることができる、安全で安心できる場と時間が必要だ。親や教師は、正しい言動を指示したり、教え込んだりするのではなく、体験学習の場を提供し、その場をファシリテート(公平な立場で介入・支援を行う)できるようになることが必要である。

 
執筆者紹介
平木典子(ひらき・のりこ)

統合的心理療法研究所(IPI)所長。臨床心理士、家族心理士。専門は臨床心理学、家族心理学。アサーション・トレーニングの第一人者。ミネソタ大学大学院修了。日本女子大学教授、跡見学園女子大学大学院教授、東京福祉大学大学院教授を経て現職。著書に『アサーション・トレーニング(改訂版)』(日本・精神技術研究所、2009年)、『統合的介入法』(東京大学出版会、2010年)、『アサーション入門』(講談社現代新書、2012年)ほか多数。

 
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