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巻頭随筆

子どもが地域と出会う場を創り出す学校     今津孝次郎

 

 2011年11月下旬の平日の午後、私の自宅近くにある愛知県立春日井西高校の1年生が取組む職場訪問に同行した。同校が2011年度春から開始した「普通科におけるキャリア教育の充実を目指した取組み」の一環としての初めての校外学習である。地元商工会議所の協力を得てリストアップされた地元の企業や事業所のなかから生徒が希望する訪問先を選び、少人数に分かれての体験学習である。私は、地域住民代表として同校の学校評議員であり、キャリア教育に関心をもつ研究者として、この取組みを見守っている。

 たしかに職業科高校と比べると、普通科高校では目前の進学に焦点が置かれて将来の職業進路を描くことは後回しにされがちだから、生徒は勉強や部活などの高校生活の意義や、進学そして大学・学部選択の意味を掴みにくい。その弱点を克服しつつ、自らのキャリアを少しでも掘り下げて考える機会を与えたいというのが、この取組みのねらいである。

 私が同行したのは公立総合体育館で、参加生徒は32人(男子18・女子14)。多くの市民がさまざまな運動をしているなか、管理運営を委託された財団法人スポーツ振興センターの3人のスタッフが、温水プール・屋内競技場・柔道場・弓道場などの施設を案内してくれた後、体育館で働く職員としてのお話を伺った。施設管理担当者は、事故なく市民が利用できるように「安全・安心」の施設づくりを心がけていると語り、運動指導担当者はスポーツ好きが昂じて「健康運動指導士」の資格を取ってトレーナーになったと語った。

 事前に高校から訪問目的を伝えられていた担当者は、思わず1年生に質問する。「将来の職業をすでに決めている人はいますか?」。生徒からは「獣医です」「社会科の教師です」と答えが返る。「スポーツが好きな人は、ぜひ大学で体育を専門に修めて資格を取って、体育施設での仕事も目標にしてください」と担当者が熱っぽく話を結ぶ。仕事の現場で職員とこうしたやりとりをすることは、生徒にとっては学校の授業で教師とやりとりするのとは雰囲気が違い、より現実的で説得的で刺激的なはずだと、私はその場で実感した。

 公共体育館は誰もが馴染んでいる施設である。しかし、その施設の管理運営にあたる職員から直接に話を聞くことは、生徒の視野を確実に広げ、地域社会の仕組みを実地に知り、職業の多様性に目を開かせるに違いない。なかには運動好きでトレーナーを志望している生徒もいるが、それはテレビや新聞から流れるプロ野球やプロサッカーなどの華やかな世界の職業イメージとしてのトレーナーである。地域住民の生涯スポーツをサポートする仕事は地味ではあるけれども、利用者にとっては必要不可欠の職業役割であるという現実に触れることは、トレーナーのイメージを塗り替えるだろう。

 各企業や事業所で職場訪問を体験した生徒たちは各自の体験記をまとめ、その交流会が年度末に開かれる予定である。私自身の課題としては、キャリア教育としての成果もさることながら、生徒の学びの場が地域のなかに設定されることが、いかに深い成果を上げるかを探ってみたい。「地域が子どもを育てる」と言われてきたことを現代の新たな状況のなかでとらえ直し、「学校を地域に開く」と言われてきたことをキャリア教育の観点からとらえ直したいと思うからである。

 

 
執筆者紹介
今津孝次郎(いまづ・こうじろう)

名古屋大学名誉教授。京都大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。博士(教育学)。専門は教育社会学。三重大学助教授、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授、名古屋大学教育学部附属中・高等学校長を歴任。著書に『変動社会の教師教育』(名古屋大学出版会、1996年)、『増補 いじめ問題の発生・展開と今後の課題』(黎明書房、2007年)、『人生時間割の社会学』(世界思想社、2008年)、『教員免許更新制を問う』(岩波ブックレット、2009年)など。

 
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