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巻頭随筆

教育とデジタルの接点    小宮山 宏

 

  物と物が触れ合うとき、そこには何らかの関係が生まれます。摩擦力や、熱伝導はその一例です。デジタルと教材・教科書の出会いは、教育に何をもたらすのでしょう。

 2010年は「電子書籍元年」と呼ばれていますが、まだまだ紙のほうが優れている部分があることも事実です。最近フィルムカメラが本当に減りました。しかし、工業統計を見ると面白い現象を読み取れます。2000年と2007年では、デジタルカメラの出荷台数は約4.4倍となっています。その逆に、フィルムカメラは約1.5%と、二桁も減少しています。ところが、写真をプリントする印画紙は、確かに減ってはいますがまだ半分強が出荷されています。これはデジタルと、プリントというアナログ媒体を、皆さんがうまく使い分けている証拠でしょう。

 教材・教科書のデジタル化は、単にこれまでの教材・教科書を電子書籍化したものではありません。インターネットの普及で、情報の入手は格段に容易となりました。しかし、当然のことながら検索エンジンだけで体系的な知識の教育を行うことは不可能です。いま習っていることが何に役立つのかよく分からないという声を聞きますが、木と森の喩えのように、教えられる側に対し、いま習っていることの位置づけや必要性を伝える工夫が必要です。特に初等中等教育の段階では、基礎として「何を教えるべきか」、そしてそれがどのように応用につながるかを踏まえたカリキュラムが重要となるでしょう。

 例えば、日本史を学習するとき、その時代の世界の情勢も横目で眺めておかないと、全体的な時代の流れを理解することは困難です。また世界史の中で、例えば科学的な発見・発明の記述が出てきたとき、それをより詳しく知りたくなることもあるでしょう。もし、教えるべき知識が単純な時系列や階層構造であれば、目次や見出しがあれば必要なところにたどりつけます。しかし、世の中が複雑化し、教えるべき内容も多様化している現在では、知識はネットワークのような複雑なつながり、関係を持っています。そのような知識の空間を自由に行き来できるのは、デジタルならではの良さでしょう。

 また、立体的なものや動きのあるものを映像やコンピュータグラフィックスなどにより分かりやすく見せることもできます。医療の分野でも教育は重要なテーマですが、バーチャルリアリティが登場したとき、手術のシミュレーションへの応用も当然のように行われました。テレビゲームを見ても分かるように、当時の技術レベルと比べ現在ではよりリアルなものが実現可能です。一方、心臓カテーテルや、腹腔鏡手術のように画像を見ながらの手術や手術ロボットの登場などにより、コンピュータによる教育と現実世界が近づいてきている分野もあります。

 さらに、教師から生徒へ知識を伝えるという授業だけでなく、生徒同士が、他の学校や世界を相手にコミュニケーションやコラボレーションを行う場面でも、デジタル化は大きな力を秘めています。急速なグローバリゼーションのなか、日本人の英語能力の向上は喫緊の課題です。話せる英語教育のためには、学習の積み重ねが大切ですが、オーダーメイド医療のように個人の進捗や興味に合わせた教育も可能となるでしょう。

 教育の情報化に関し、これまでにも様々な試みが行われてきました。コンピュータやネットワークの技術レベルが高度化したいま、改めて「何を教えるべきなのか」、「それをどのように体系化するか」を問い、それらを表現する手段としてデジタル化の特性を活かしていくことが求められます。

 

 
執筆者紹介
小宮山 宏(こみやま・ひろし)

三菱総合研究所理事長、東京大学総長顧問。専門は化学システム工学、地球環境工学、知識の構造化。東京大学工学部教授、工学部長等を経て2005年第28代総長就任、2009年より現職。著書に『地球持続の技術』(岩波新書、1999年)、『知識の構造化』(オープンナレッジ、2004年)、『「課題先進国」日本』(中央公論新社、2007年)、『低炭素社会』(幻冬舎新書、2010年)など多数。

 
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