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巻頭随筆

世界の子育て支援政策  望田研吾

 

 「コンクリートから人へ」を掲げる民主党政権による施策の目玉である子ども手当の支給が、今年度から開始されることになりました。日本が子育ての難しい国だということはずいぶん前からいわれています。子育ての難しさが、少子化現象が止まらない背景にあることはいうまでもありません。エンゼルプランなどによる少子化対策は不十分な成果しかあげられなかったことは政府も認めています。子ども手当は、次代を担う子どもたちを育んでいくという国や社会にとって最も大事なことを、政治が尊重するという姿勢の表れであり、社会全体で子育てを支援する気運の高まりを促す契機ともなることが期待されます。

 しかし、子育ての難しさが子ども手当だけで解消されるわけではもちろんありません。少子化傾向が止まらない背景には、わが国の雇用、保育、教育などに関わる社会全体の構造的問題が横たわっています。社会全体で子育てを支援するには、そうした構造にも深くメスを入れて改革していかなければいけません。その時に外国での子育て支援のあり方は大いに参考になります。今月号の特集は、そのような趣旨で組まれたものです。

 先進国の中で子育て支援制度が整っている国として、よく引き合いに出される国はフランスです。子育て支援についてフランスを形容するキャッチフレーズを探すと、「子どもへの投資を惜しまない国」「働く女性が子育てしやすい国」「子だくさんほどメリット」といった言葉が並びます。これらを否定形にすれば日本を形容する言葉になるほど、わが国とは正反対に子育て支援制度が整備されている国なのです。フランスの子育てについての研究者たちは、フランスでは子育ては社会全体で行っていくという考えが浸透していることや、子どもを生み育てることが社会的、経済的に不利にならないような手厚い施策が講じられていることなどを指摘しています。

 同じヨーロッパでも隣国のイギリスの事情は少し違っています。イギリスはもともと、子育てや保育、教育は国や公的機関よりも家庭や民間主体でやるべきだ、という考えが強い国でした。しかし、1997年に誕生した労働党ブレア政権は、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の理念を掲げ、特に貧困層に対する公的な子育て支援に積極的に取り組みました。その代表が、人生のスタートを確かなものにするための出生から幼児期の子育てを支援する「シュア・スタート」(確かな出発)と呼ばれる施策です。この施策の特徴は、貧困地域に子どもセンターをつくり、そこで母親への医療、栄養などの指導も含め総合的に子育てを支援することです。このセンターは、そこに行けばほとんどのことが相談できるといういわゆる「ワンストップショップ」の機能を持ち、縦割り行政の中では、特に網の目からこぼれてしまいがちな貧困層への配慮を重視しています。この例に限らずイギリスは、子育てや教育に関わる縦割り行政を廃止し、子どもが生まれてから成人に至るまでの成長を統合的に支援するために、国の行政機関も「子ども・学校・家族省」に変え、また地方でも子育てと教育を一体化させた行政機関に改めています。縦割り行政では複雑化し多様になった子育てや教育のニーズにきめ細かく対応できないということから、こうした改革が行われています。

 このように世界の国は、それぞれの国の事情に従って工夫をこらしながら子育て支援に取り組んでいます。それらと比べたとき、わが国の子育て支援がいかに不備なものであるかを改めて認識せざるを得ません。世界に学びながら、子どもを生むことや子育てが楽しくできる社会をつくるためのいっそう真剣な努力が求められています。

 
執筆者紹介
望田研吾(もちだ・けんご)

九州産業大学特任教授、九州大学名誉教授。教育学博士。専門は比較教育学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。九州大学大学院人間環境学研究院教授などを経て現職。著書に『現代イギリスの中等教育改革の研究』(九州大学出版会、1996年)、『現代教育学を学ぶ』(共編著、北樹出版、1996年)、『21世紀の教育改革と教育交流』(編著、東信堂、2010年6月予定)など。

 
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