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巻頭随筆
“中1ギャップ”について思うこと  野島一彦
 

 近年、“中1ギャップ”(小学生から中学1年生になり、学習や生活の変化になじめずに不登校やいじめが急増する現象)という言葉はよく使われているが、どれくらい世の中に広まっているのであろうかということを知りたくて、インターネットのGoogleで試しに検索してみたところ、膨大な件数が出てきた(2010年1月13日現在)。中1ギャップとは=1,480,000件、中1ギャップ解消プログラム=61,100件、中1ギャップ原因=797,000件、中1ギャップ対策=583,000件、中1ギャップ定義=129,000件、中1ギャップ新潟県教育委員会=46,400件、小1プロブレム中1ギャップ=8,100件、新潟県教育委員会中1ギャップ=54,300件、文部科学省中1ギャップ=187,000件。

 これだけの件数が出てきたということは、“中1ギャップ”が現在のわが国の学校教育における大きな問題であるということを改めて強く意識させられた。本特集ではこの問題をめぐる最新の状況が詳しく紹介されているのであるが、本稿では筆者なりに思うことを述べてみたい。

 “中1ギャップ”について、例えば「つなぎの課題」ととらえるなど諸見解があるが、筆者は「人生の移行(トランジション)の問題」ととらえられるのではなかろうかと思う。そもそも人間は、母の胎内で生命が誕生して死に至るまで、何度も移行を体験しながら人生を送る。個人差はあるが、よくあるプロセスは次のようであろう。母の胎内から人間社会へ、離乳、二者関係から三者以上関係へ、家庭から保育園・幼稚園へ、小学校→(心理的離乳)→中学校→高校→大学へ、学校教育を受ける立場から社会人へ、自立、職業生活から退職へ、老後の生活から死へ。その移行は連続的にすんなりいくというわけにはいかない。ある段階と次の段階の間にはギャップがあるので、移行するにはジャンプ力が必要である。そう考えると“中1ギャップ”というのは、小学校から中学校へ移行するためのジャンプ力の不足から生じている現象であると言えよう。

 なお移行に必要なジャンプ力というのは、小学校から「離陸する力」と、中学校に「着陸する力」の2つから成り立っている。この2つがうまく働くと移行は成功であるが、一方あるいは両方の力が不足すると失敗ということで“中1ギャップ”となる。

 移行がうまくいくかどうかは、本人のジャンプ力とともに学校環境要因(陸地のコンディション)も重要である。中学校へ送り出す側の小学校の状態、小学校から迎える側の中学校の状態の両方が良ければジャンプは成功しやすいが、一方あるいは両方の状態が悪ければ失敗しやすい。さらに家庭環境要因(子どもの心身の基礎力をつける場)も大切である。家庭で幼少期から心身の基礎力をつけることが行われていれば、ジャンプは成功しやすいし、そうでなければ失敗しやすい。

 小学校から中学校への移行に限らず、あらゆる人生の移行にはギャップはつきものであり、移行しようとする時に人間はピンチに立たされるが、うまく移行することができれば、人間として成長するチャンスになる。つまりピンチはチャンスなのである。人間は移行体験を通して鍛えられる(成熟する)ようになっているように思われる。

 
執筆者紹介
野島一彦(のじま・かずひこ)

九州大学大学院人間環境学研究院教授。博士(教育心理学)。専門は臨床心理学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得後退学、福岡大学人文学部教授、九州大学教育学部教授を経て現職。著書に『HIVと心理臨床』(共編、ナカニシヤ出版、2002年)、『臨床心理学への招待』(ミネルヴァ書房、1995年)、『エンカウンター・グループのファシリテーション』(ナカニシヤ出版、2000年)など。

 
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