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巻頭随筆
色あせないしなやかさ  馬場園 明         
 
 

 「粘り強い子」という言葉を聞いてどのようなイメージを思い浮かべるであろうか。「がまん強い」「継続できる」といった単純なものではなく、「多少つらいことがあっても、くじけず、あきらめずに努力する」といった「しなやかな感性」をもった子どもが思い浮かぶのではなかろうか。このような子どもをみると嬉しくなり、極めて健康であるという印象を受ける。

 「粘り強い子」とは、「粘り強くありたいと思っている子」であろう。「自尊感情や自身を育むようなイメージ」をもつことを重視した心理学者のマズローは、五段階の欲求のモデルを提示している。人間の基本的欲求を低次から、「生理的欲求」「安全の欲求」「所属の欲求」「自尊の欲求」「自己実現の欲求」に分類し、欲求には優先度があり、低次の欲求が充足されると高次の欲求へと段階的に移行するものとした。「粘り強くありたい」という欲求は、高次のものである。したがって、「生理的欲求」「安全の欲求」「所属の欲求」といった低次の欲求が満たされていなければ、「粘り強い子」にはなかなかなれないであろう。しかしながら、低次の欲求が満たされれば、「粘り強い子」になれるとは限らない。それでは、どのような経験や教育が、「粘り強い子」に導くのであろうか。

 社会学者のアントノフスキーは、リスクにさらされながらも健康を維持できている人々を観察し、健康を生成するためのポジティブな要因を研究した。彼が発見した健康を生成する鍵は、「コヘレンス感」という感性であった。コヘレンス感は、理解可能性、処理可能性、意義深さの三つの感性から構成されている。理解可能性の感性は、「たとえ困難な出来事に見舞われてもそれに圧倒されず、それを理解できるという効力感」である。処理可能性の感性は、「困難に直面してもリソースが有効に働いてそれを適切に処理できるという効力感」である。リソースは、個人の能力、周りからの支援などが含まれる。意義深さの感性は、「困難な出来事は単に負担なのではなく、むしろチャレンジや課題だと認知できる力」である。このような感性があれば、「粘り強く」なれそうである。

 重要なことは、子どもがコヘレンス感を獲得できるような環境を作っていくことである。それは、周辺にいる大人が適切に子どもを支援することによって学習することができる。子どもの話を「傾聴」し、子どもに「何が問題なのか」「どうなりたいのか」についての「問いかけ」を行い、子ども自らが「努力を選択」できるように支援していくことが有効であろう。そして、「今はうまくいかなくても、なんとか試行錯誤していけば成長できるよ」といった楽観主義的な支援をするほうが、「粘り強さ」につながると考えられる。「目標を立てて、頑張ってみて、うまくいって人から感謝される」ことや、「うまくいかなくても頑張ったことを称えられる」といった経験の積み重ねは、「粘り強さ」につながると思われる。そうして培われる「粘り強さを支える感性」とは、「頑張ればできることも多いが、頑張っても駄目なこともある。しかしながら、どちらの経験も有意義であると感じられる力」であろう。

 「いい成績」「いい学校」「いい会社」「いい結婚」「いい人生」といった「直線的な価値」が崩壊しつつある。しかしながら、「粘り強い」という「しなやかな価値」は普遍的なものであり、色あせることのないものであろう。

 
執筆者紹介
馬場園 明(ばばぞの・あきら)

九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学講座教授。医学博士。専門は医療・福祉政策、ヘルスプロモーション、健康支援。九州大学医学部卒業、岡山大学大学院医学研究科社会医学系衛生学博士課程修了。著書に『健康支援学入門』(共著、北大路書房、2001年)、『脱・メタボリックシンドロームのための健康支援』(中央法規出版、2008年)など。

 
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