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巻頭随筆
価値教育としての金銭教育   工藤 文三           
 
 

  労働力や土地までが商品化した現代社会では、生活に必要なあらゆる財やサービスに価格が付けられ、市場で取り引きされている。そのため、生活に必要なものを手に入れるには、まずお金を持つことが不可欠の世の中となっている。金銭教育の前提は、このように生活するためには必ず金銭の消費を経由せざるをえないという現代社会の特質にあるといえよう。
 ○ 金銭の働きや役割に着目する
 金銭教育のねらいを整理したり、カリキュラムを構想したりする際に、金銭の働きや役割に着目すると分かりやすく整理できる。金銭の働きや役割は、労働の対価として金銭を得ること、金銭で必要なものを購入すること、将来のために貯蓄すること、金銭を借りたり貸したりすること、などに区分することができる。小学校低・中学年などでは、この金銭によるモノやサービスの購入に着目し、同じ予算の中で、どのように工夫して商品を購入し、目的を実現するかを学習させることができる。この場合、予算制約の中での商品選択能力を養うことがねらいとなる。また、そこに様々な価値観が反映されることを学ばせることもできよう。
 次に、労働などの対価として金銭を得ることについては、いわばキャリア教育の一部と考えることもできる。仕事や職業の社会的意義と同時に、自己の適性や能力との関係を考えながら、かつ、金銭を得て生活することの意義に気づかせることがねらいとなる。
 さらに、金銭を貯蓄することについては、消費の時期を調整することの意味や、生活自体が不確実性を含んでいることに気づかせるねらいがある。最後に、金銭を借りたり貸したりすることについては、金利の意味などに気づかせると同時に、金融の社会的な働きに気づかせることができる。
 ○ 価値教育としての金銭教育
 一方、金銭教育は価値教育としての性格をもっている。お金は物やサービスの価値尺度となり、それらは結果的に人々の生活観につながっている。お金をより多く持てばそれだけ幸福といえるのかどうか、幸福は金銭の多寡と対応関係にあるのかどうか。「お金はないよりあったほうがよい」とはどのような意味で、どのような状況で用いられるのか。このような視点から考えると、金銭教育は、人々の幸福という価値観に密接に関連する教育領域といえる。金銭と幸福、金銭と人々の生き方との関係を多角的に考えさせる教育としての意義をもっているといえよう。
 さらに、限られた金銭をどのように分けるのかといった視点も、生活教育としては重要である。限られた収入を家族内の兄弟姉妹や夫婦でどのように分けるのか、また、現在の消費と未来の消費にどのように配分するのかといったことも重要なテーマである。人の間での金銭の分け方は、いわば公正という価値にかかわっている。この点でも金銭教育は、価値観を磨く教育としての意義をもっているといえる。最後に、金銭はお金の額といった数や量に還元される面をもつため、金利の計算を含め何らかの計算能力を身につけさせることも大切である。
 金銭教育は、ねらいと内容が多方面にかかわっているため、教育領域としての固有性を明確にしにくい面をもっている。しかしながら、金銭教育は自らの生活と価値を見直すと同時に、金銭と社会とのつながりを考えさせる面をもつという意味で、大切な教育領域であるといえる。

 
執筆者紹介
工藤 文三(くどう・ぶんぞう)

国立教育政策研究所初等中等教育研究部長。専門は教育課程、社会科教育等。一橋大学経済学部卒業。公立高校教諭を経て、1990年国立教育研究所主任研究官、2006年より現職。編著書に『小学校・中学校 新学習指導要領全文とポイント解説』(教育開発研究所、2008年)、『校長・教頭の授業観察・面談ハンドブック』(教育開発研究所、2006年)など。

 
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