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巻頭随筆
ていねいな応対と時間的ゆとり  権藤與志夫           
 
 

 この頃、小・中学校、幼稚園などで、教師に対する親たちの理不尽な要求が続出し、先生たちは困りはてているという。新聞・テレビをはじめ、雑誌、図書でも大きく報じられている。なかには裁判沙汰になったものもあり、教師を死に追いやる事件も起きている。学校に自己中心的で理不尽な要求を繰り返す保護者は「モンスターペアレント」と呼ばれている。教師たちはその対応に追われ、本来の活動に大きな障害になっている。
 そこで、全国各地の教育委員会はその対策に乗り出している。福岡市は第三者機関として、「学校保護者相談室」(平成17年8月)を設け、元校長と臨床心理士が学校と保護者から電話で相談を受けつけ、解決策を助言している。担当した元校長先生は「最初の対応が大切で、よく話を聞くことが肝要です」と。福岡市の別の校長先生も、第一段階でこじれた事例では、2カ月間毎日1〜2時間も同じことを電話で話され、途中で切ると教育委員会に電話が行く。初期対応が決定的です、と言う。福岡市相談室の元校長先生のコメント、「ていねいに応対すれば最後はわかってくれる」が問題解決のキーワードとして印象に残っている。問題は「ていねいに応対する」ための条件が教育現場にあるか、ということであろう。
 イギリスの状況をロンドン日本人学校の元校長先生からお聞きした。「平均的規模の学校には、事務長と職員が2人、大きい学校では計5人います」。日本では、「専任の事務職員は1人。非常勤が1人(週4日勤務)」とのこと。私は絶句した。イギリスでは3〜5人、日本は1人プラスアルファ。これだけでも日本の厳しい状況がわかろうというものである。
 ロンドンを経験したこの先生に「日本のPTAはどうですか」と尋ねると、「後援会の域を出ない」とのこと。例えば、児童・生徒が県大会に出場するとき、資金などの援助を行うのがPTAの仕事だというように受けとめられている。学校の現状や課題、教育改革の動向などについての関心や学習はほとんどない。しかし、“自分たちのほうが先生方より教育のことをよく知っています”という態度であるという。私はこれを聞いてあぜんとなった。20年前のPTA・OBにとっては信じられない変貌。
 いじめ、学力問題、学習指導要領の改訂など、重要な教育問題が山積している。特に今、中教審ではゆとり教育を見直し、標準授業時数の増加、前回の指導要領の改訂で削りすぎた教育内容の復活などに向けて検討が進められている。週5日制の下で授業時間数一割増を求められたら、平日の勤務時間数が平均11時間という先生方の忙しさがもっとひどくなるのではないか。来年度の概算要求に3年間で教職員定数を約2万1000人増やす案を盛りこんでいたが、2007年12月18日の新聞報道によれば、約1200人の増員を認めることで政府・与党は合意したという。先生方の時間的ゆとりが生ずる可能性は当面少ないように思われる。
 一部保護者の理不尽な要求に対応するという課題の解決は、ますます困難になるのではないか。私は昭和36年にイギリスのグラマー・スクールの職員室を訪問した。その時、休み時間に先生たちがのどかにトランプ遊びに興じていた。このことがなぜか強く印象に残っている。日本の職員室にそのような光景はありえない。教室や職員室にはのどかな雰囲気が本来あって然るべきではないでしょうか。

 
執筆者紹介
権藤與志夫(ごんどう・よしお)

九州大学名誉教授。教育学博士。専門は比較教育学。九州大学大学院教育学研究科博士課程単位取得後退学。九州大学教育学部教授、中村学園大学教授を経て現職。著書に『ウイグル』(編著、朝日新聞社、1991年)、『21世紀をめざす世界の教育』(編著、九州大学出版会、1994年)など。

 
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