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立ち読み  
巻頭随筆  第54巻8号 2006年8月
こころは形から  満留昭久
 
  「ストレスを科学する」ことは古くはH・セリエ(1907−1982。カナダの生理学者。1936年にストレス学説を発表)から現在にいたるテーマであり、ストレッサー(ストレスの原因)は神経回路に作用し、ストレス反応(ストレス)と呼ばれる一連の生理学的変化につながっていくことが知られていますが、そのメカニズムの全貌が明らかになったわけではありません。21世紀は「こころと脳の時代」といわれていますので、今後こころと脳の関連が解明するにつれて、ストレスのメカニズムももっとはっきりした形で見えてくると思われます。
 現在われわれは強弱さまざまのストレッサーに満ちた社会で生活しており、そこに生ずるストレス反応の多くは、われわれの体と心にマイナスに作用しています。子どもたちにとっても同じであり、家庭や学校、さらに社会環境からくるストレッサーに心身を蝕まれやすく、彼らにとって今の世は辛い時代だといっても過言ではないでしょう。
 子どもたちをストレスから守るにはどうすればいいのか、多くの研究や提言がされてきました。
 子どもとストレスの本質を学ぶために、今のわが国では何が子どもたちへのストレッサーになっているのか、もう一度整理してみることも必要でしょう。ストレッサーはおそらく時代とともに変化し、それに対するストレス反応も変わることが考えられます。
 また、強いストレス反応ができるだけ少ない環境を子どもたちにつくってあげることも、われわれ大人に課せられた責任のひとつでありましょう。
 従来、ストレスへの対応として、自律訓練法やバイオフィードバックなどいろいろな方法が考えられ、実践されてきました。欧米では授業のカリキュラムの中に、ストレスに関する教育が取り入れられ、それなりの効果が評価されていると聞いています。教育の中にストレスへの対応を取り入れていくこともひとつの方法でしょう。実際、わが国の教育の世界でも、ストレスの本質を知り、ストレスに耐える方法を得ることを目的としたストレス・マネージメント教育の重要性が注目されるようになってきています。子どもたちのストレスに対する耐性を向上するために、教育プログラムが開発されつつあります。
 子どもをとりまく環境だけでなく、子どもたち自身のストレスに対する防御力、耐性力が育っていないことを重視している人も少なくありません。
 今のわが国は子どもを甘やかし、子どもたちに迎合する風潮が強く、粘り強さに欠け、我慢強さに乏しい子どもたちを作り出しているという指摘もあります。つまり、ストレスに対する感受性が強く、耐性が少ない子どもにしてしまっていることに、親も社会も手を貸しているといえるのです。我慢強い子に育てるにはどうすればよいか。今のわが国の子育て事情の中ではなかなか答えが見つけられないかもしれません。ある先人が、“心を造るにはまず形を造ることだ”と言いました。ストレスに耐性のある子どもを育てるために、われわれは子育てのときから「形」をつくってあげる、「形」をつくるように指導することが必要ではないか、と考えています。
 
執筆者紹介
満留昭久(みつどめ・あきひさ)
国際医療福祉大学・大学院教授。医学博士。専門は小児医学。九州大学医学部卒業。福岡大学医学部小児科学教授、医学部長を経て、2006年4月より現職。著書『ベッドサイドの小児の診かた(第2版)』(編著、南山堂、2001年)、『小児神経学の進歩30集』(共著、診断と治療社、2001年)など。
 
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